短編2

□(布団、シュシュ、雨宿り、図書館)
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ミアレシティの図書館で過ごす時間は本当に好きだ。
静かに本の世界へ没頭出来る。
ようやく朝から読み進めていた長編が読み終わり、元の場所に返そうと顔を上げれば窓の外はタイミング悪くスコールが直撃しており雨音と雷鳴が凄まじさを物語っていた。
うわお、そろそろ帰ろうかと思ってたのに。
けれどまあそんなかからないうちに止むだろうと本を置いてきてから元の席に着く。
暇つぶしにと鞄からノートとペンを取り出してスコールに関係しそうなキーワードを書き連ね始める。
「サンダー」、「ライコウ」、「あめふらし」、「あまごい」、「かみなり」、「ぼうふう」、「ボルトロス」……。
あ、あと「カイオーガ」か。それから……。
「何を熱心に書いてるの?」
身体全体が跳ね、持っていたペンを反射的に後ろへ放り投げる。
声のした方を振り返ると床に落ちたペンを拾う濡れた紺の髪と白衣が見えた。
「……プラターヌ博士?」
心臓が未だ落ち着かない中、そう投げかけると「驚かせちゃってごめんね」とペンを渡してくれた。
ああ、びっしょ濡れなのは雨に降られたからか。
水も滴るいい男を見事に体現していることを心の中でこっそり賞賛する。
「色々聞きたい事はありますが……とりあえずなんでタオル肩にかけてるんですか」
ノートを閉じながら尋ねるといつも通りのへらりとした笑顔が返ってきた。
「受付のお姉さんが貸してくれたんだよー、いやあ親切だよねー。雨が止むまで中にいていいって言ってくれたし……」
あからさまな親切心は博士の見た目の良さからだろう。
しかしそういうアプローチには相変わらず鈍感である。 ……ん?
「中入るの許可してもらったんですか?」
「うん。本を濡らさない約束で入れてもらっちゃった」
本を濡らさないってことは要は本に触るなってことのはずだが。図書館でそれができないって……。
「え、なんでわざわざここまで入ってきたんですか?」
「今日土曜でしょ?確か毎週ここにいるって聞いたから会えるかなーって思って、君に」
……絶句した。予想以上に酷いぞこの男。
にぶちんだ、にぶちん。
というかなんでそういう事は覚えてるんだこの人。
「で、話を戻すけど、何を書いてたの?」
周りに飛沫を飛ばさない配慮のためかプラターヌ博士はゆっくりとタオルで髪を拭いている。
そんな博士にノートを開いて見せれば、「雨に関係することかな?」と首をかしげられた。
「スコールなんで、それっぽいことをつれづれと」
「いやあすごいなあ!流石だよ!」
太陽のように明るいキラキラした笑顔で博士が言う。
あ、「にほんばれ」だ。
その勢いで外も晴れればいいのに。
しかし窓に目をやっても残念ながらまだ豪雨は止みそうになかった。
……これ帰れるよな、不安になってきた。
「あ」
不意にプラターヌ博士が言葉を発する。
「どうかしたんですか?」
気になって尋ねればにほんばれの笑顔で私を見ていた。
正確には私の後ろで束ねた髪を……あ。
「使ってくれてるんだ、ありがとうね」
気づいた途端に何か気恥ずかしくなって思わず右手で髪を束ねていたシュシュに触る。
しまった、油断してた。
私は本を読む時や原稿を書く時など、集中したい時には邪魔になるからといつも髪を束ねるのだが、それを知っていたプラターヌ博士は私の誕生日に白いシュシュをプレゼントしてくれたのだ。
もらった時はありがとうございます、使わせていただきますと在り来りだが感謝の言葉を述べた。
しかしいざ使うとなるとどうにも照れくささがあって実際に博士の前で使うことはなかった。
まさか今日会うなんて。
「似合ってるとか可愛いとかは言わなくていいですよ」
照れ隠しで次に言うであろう言葉たちを差し押さえる。
案の定博士はええっと困ったように声を出した。
「似合ってるのにー……」
「はいはい」
「可愛いのにー……」
「はいはい」
口を尖らせる博士に、可愛いのはそっちだと言いたい。
「……あ」
ふと思い出す。
「どうかした?」
さっきと立場が逆だなと思いながら「全然関係ない話になるんですけど……」と続ける。
私が次に発した言葉は、博士にも心当たりがあったらしく。
「布団干しっぱなしでした……!」
「ああっ!ボクも洗濯物取り込んでない!」
お互いの台詞に一呼吸置いて二人同時に吹き出した。
その後、雨が収まってきた辺りで二人で慌てて図書館を飛び出したのは言うまでもない。

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