小説【短】

□身代り症候群
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だってしょうがないじゃないか。

俺には何にも出来ないし

俺の代わりなんていくらでもいるし

俺なんか誰かの代用品すら勤まらないし

そんな俺が

どうなったって関係ないじゃないか。


【身代り症候群】




それは豪雨に見舞われたとある日の丁度正午の話だ。

ユーリ、ルーク、エステル、ティアの4人は簡単なクエストを受けていた。その内容は最も簡単なレベルで、『オタオタ10頭の討伐』というものだった。
なんでもここ最近、近辺の森でオタオタが大量発生しているらしく、ここ一帯を通る商人達が商売をしに街を行き来することが出来なくて困っているという。
他の道を通ればいいじゃないか、という話も出たらしいが、他の道は妙な遠回りな道しかなく盗賊が出るという噂もある。
さらに殆どが崖が多かったり沼地が多かったりと、所謂『獣道』というやつらしく、この道が一番安全だというらしいのだ。

そして丁度クエストに行きたがっていたエステルの要望によりその4人がそのクエストを受けることになった。

ユーリはエステルの護衛として面倒臭がりながらも付いていき、ルークは外にいけるなら何でも良いと嬉しさを隠しながら付いていき、ティアはそんなルークの護衛として付いていった。みんな理由は何であれ、中々のバランスのとれたパーティだとアンジュは安心したように笑っていた。

その日の朝の天気は快晴。雲ひとつない青空だった。

4人は船を下りて広大なフィールドを歩き、そのオタオタ大量発生中の森へ向かった。…のだが、その森の前に着くと何やら妖しい看板が森の前に傾いていたのだ。
「『足場…事中…分あり!注意』です?…なんて書いてあるのでしょう?」
赤い文字で何文字かが消えて見えなくなった看板。それが暗く前方に広がる森の前に警鐘だといわんばかりに立っていた。
誰かが『不気味』だとポツリと呟いた。

そしてそんな時だった。今まで快晴だった天気は急に悪化し、黒い雲が空一面を覆うようになっていったのだ。
「マジかよ…」とルークが長い髪をグシャグシャと掻いた。それと同時に黒い雲からはポツリポツリと雫が垂れてきた。
「…どうする?クエスト続行するのかしら?」
そう訊ねたのはティアだ。彼女は空を仰いだ。そして鬱陶しそうに降り注ぐ雨を払う。

「風邪を引くのは困ります…けどこのぐらいの雨だったら大丈夫じゃないでしょうか?まだ軽い雨ですし…それにオタオタ10匹なんてすぐ終わると思います。」
エステルは悩みながら少し自信なさげに呟いた。
確かにエステルの言うとおり、4人のレベルは高い。ちょっとやそっとではやられないし、簡単なクエストの魔物はほぼ一撃二撃で倒すことができる。
エステルは周りの反応を伺いながら、花のモチーフのタオルで濡れた肌や髪を拭いた。それを見てティアは「あ、タオル…」と聴こえるか聴こえないかの大きさで呟いていた。
ブル、と肩を震わせて水の滴る髪を絞るように握った。

「……あとで返せよ。」
ティアはそんなルークの声に反応して顔を上げた。その瞬間あげた顔に何か掛けられたのを感じる。
それを掴んでみると端っこの方に『L』と刺繍のされている朱色のタオルだった。
思わず目を丸くしてキョトンとしているとふと耳を真っ赤に染めているルークが目に映った。
「…ありがとう、ルーク。」そんな風に呟くと一瞬視線をティアに向けてから再びルークはそっぽを向いた。

そして視線を戻したとき、丁度ユーリと視線がぶつかった。
「…な、何だよ…っ」
「いやー、意外だなって思ってな。お坊ちゃんのことだから絶対貸さないって思ってたのに。」
「あぁ?失礼だなお前。…そりゃ風邪引かれたら困るし。あ、あくまでもティアのためじゃねーっつーの!」
途中モニョモニョと恥ずかしそうな小声になったが、すぐにいつものような声を張り上げた。それに思わずパーティーに微笑みが溢れる。

「…あ、じゃあそろそろ森に入りましょう!」
エステルが元気よく声を出す。
「え、ええそうね。」
「ああそうだな。…おら行くぞ大罪人。」
「はいよー。」
次々と森に足を踏み入れていった。ザクザクという草を踏む音、ザァーと止むことなく降り続ける雨。
そんなものが木々が生い茂り薄暗い森に響き渡り、不気味な雰囲気を醸し出していた。



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