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□あと5センチ
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「これ跳べたら俺と付き合って。」

直前に耳打ちされた一言は、絶対に俺なんかに対して言う台詞じゃないと思う。でもそいつは相も変わらずどこか楽しそうに、靴の先をトントンと鳴らして、スタートラインからゆっくり助走を始める。そして俺には一生分かりそうもない絶妙なタイミングで緩やかにスピードを落とし、歩幅を調節して、背中から飛び込んだ。しなやかに反る背、少し遅れて身体についていく脚と足、空中でくっと引っ張られて、踵が見事にバーを越えていった。黄色い歓声。俺の背に程近い高さのバーを軽々と飛び越えたそいつは、マットに背中を沈めた後、すぐに起き上がった。

「やったぜっ!飛んだ!!」

期待に溢れたキラキラの目で俺を見る。俺はついそっぽを向いてしまった。恥ずかしい。スポーツ万能であんなにかっこいい人気者がどうして俺にあんなこと言うのか分からない。

「なあ、見てた?どうだった?かっこよかった?」

笑顔で駆け寄ってくる姿はなんだか犬みたいだ。大型犬、それも血統書付きの。でも、すごいよなんて、それを今言ったら負けな気がする。多分そんなことを今言ったら、じゃあ付き合ってくれるよな、なんて流されてしまうから。



「・・・・・・あと5センチ。」

俺は呟いた。それを聞くとそいつは、おっしゃーと気合いを入れながらスタートラインに戻っていった。


つまりそれが、俺のプライドの高さ。


あと5センチ
(もうすぐやってくるであろう彼の笑顔)
さあ、どうしようか。

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