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□白に染まる日へ
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白に染まる日へ

だって仕方がないじゃないか。

俺は生まれながらに運がなかった。父さんは良いやつだったけど抜けていて、知り合い程度の他人の借金肩代わりをしたあとそいつは失踪。父さんは車の事故で死んだ。しかもそれが被害者じゃなくて車の運転手だった父さんが加害者で、被害者家族に渡すべくお金なんてのも保険に入る余裕のないため、額は優に億を超えた。あの数字を数えるのは時間がかかった、ゼロの羅列はもう数えたくない。結局破産せざるを得ないわけで、働く母さんは疲労と心労のダブルパンチであっけなく心臓をわずらい死んでしまった。しかもその時俺はバイト先からクビ宣告を受けて死に目には会えなかった。先祖代々の墓に入れるだけ入れて、仲良く収まった両親の墓を見て泣いた。大学も行かずに教養もない仕事もない金もない俺の今後の人生なんて何があるのだろうか。お先真っ暗、不幸はあっても幸はないだろう。

俺は知っている。金は天下の回りものというが、それは富裕層の間でのみ回るものであって、俺のような汚い負け犬に回ってくるものではない。幸せも一緒だ。当たり前の如く、幸せというものだってこんな陰鬱な男に寄ってきたくはないだろう。

なんにも持っていなかった。元の柄が分からなくなるまで薄汚れたシャツとズボンはまっ黒で家を捨て田舎を捨てあれほど嫌った数字のゼロからやり直したいと願った俺は都会の裏路地でただ一人うずくまっていた。俺はまっ黒、明日もまっ黒、世界もまっ黒。そんな俺が真の黒に染まる気はないか?と聞かれたところで答えは決まっている。

「何を今さら。」

黒が黒に染まったところで黒しかないだろう?後悔はしていません。

「この人でなし。」

ああ、俺悪いことしてるなあ。

ごめんなさい父さん母さん。本当はこれが良くないことだって分かってます。父さんは借金を背負わされても相手を責めませんでした。そんな父さんを母さんは責めませんでした。2人を誰も助けはしなかったけど、2人は誰も憎みはしませんでした。2人は結局死んだけれど、2人は俺と違ってまっ白な人たちでした。俺たち親子3人は揃って運がなかったけれどあなたたち2人は心の強い人でした。俺は運がないうえに芯もなく最低です。本当に心の弱いやつです。

だから今俺が地面に倒れて身体中痛くて上から見下されて冷たい言葉を吐かれているのも、全部全部自業自得なのです。誰にも責められません。

彼は俺を冷たく、とても冷たい声で静かに罵倒した。いかに人として最低かを諭された。知ってます。何を今さら。ずっとまっ黒なところに居たんです。

父さん母さんごめんなさい。俺は金欲しさに楽な方向へと逃げました。父さんみたいに優しくもなければ母さんみたいに根性もなく、ただただあなたたちが死んでいくのを見ているうちに死がとても怖くなりました。死にたくありませんでした。死ぬほど優しくもなければ死ぬほどの根性もなかったのです。あなたたちの息子は2人の良いところはなに1つ受け継がず本当に情けないやつです。常々自分たちの宝は一人息子だと可愛がってくれた俺は、あなたたちにまったく似ることなく今情けなく地面に横たわっています。

恐らくこのまま横になっていれば楽なんだろう。でも、それでは駄目だ。俺がこのまま生涯を終えればあなたたちが生きてきた意味がなくなります。墓前で俺は2人が居ないことに泣きました。悲しみました。それなのに俺は俺を持って2人の存在を消してしまっていました。それは、本当に人として最低です。

俺はあの時の裏路地に居たように一人です。まっ黒です。またゼロからやり直します。ゼロは嫌いな数字なので頑張って増やしていこうと思います。

擦り剥けた生地の中から白い横糸が見えた。

この瞬間から、俺は善人になるべく頑張ろうと思います。

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