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□喫茶店ロマンス
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「俺、結婚するなら先輩みたいな人がいいです。」



喫茶店ロマンス



「って、昔俺が話したの覚えてますか?」
「へ?…えぇと、それいつの話?」
「十年くらい前です。」
「…」

ごめん、まったく覚えてない。唐突な話に真顔で謝ると、ですよねと言って、彼はへらっと力なく笑った。十年も前の話を突然言われても、そのたった一言を覚えているかなんて、正直かなりムリな話だ。

そもそもその十年前からの友人である彼がなんでここにいるのか。確か彼は海外のプロリーグにスカウトされたはずなのに。それに頻繁に連絡を取り合うような仲でもなかったはず。ただの先輩と後輩。しかも私が卒業してからは一度も会っていない。

「日本に戻ってきたの?」
「はい。あ、でもまだ後始末が残ってるんで、すぐに戻らないといけないんですけど。」
「ふーん、じゃあこっちのプロリーグに入るの?」
「いえ、ある人にコーチを頼まれまして。」
「!ああ、もしかして日本代表の?」
「え?は、はい。よく分かりましたね。」
「うん、聞いてたからね。あいつが言ってたすごいコーチってこういうことだったのか!」
「…え?」
「ん?」
「…あの人とまだ連絡取り合ってるんですか?」
「?そりゃあ、まあ、幼馴染みだし。」
「そ、そうですよね。」

力なく笑う彼がどこか寂しそうな気がした。まあ、多分気のせいだろう。まだ口をつけていないコーヒーに角砂糖とミルクをひとつずついれる。くつくつと喉を鳴らすような笑い声が聞こえてきて顔を上げれば彼が笑っていた。

「え?なんで笑うの?」
「いや、まだブラック飲めないんだなって。」
「そ、そうだよ、飲めないよ!悪かったわね!」
「可愛いげがあっていいじゃないですか。」

いたずらっ子みたいに無邪気な笑顔でさらりとそう言う。こうゆうところは変わってないなあ。でもどこか雰囲気は大人びていて、スーツがばっちりと決まっている。

…ていうか、笑いすぎじゃないだろうか?

「…私がブラックを飲めないことがそんなに可笑しいかしら?」
「はは、そんな怒らないでくださいよ。」
「怒ってません。」
「俺、嬉しいんです。」
「…なにが?」
「先輩が変わってないことが、ですよ。」
「それ喜んでいいの?…反対に君は大人っぽくなったね。」
「そんなことないですよ。」
「あるよ。スーツすごく似合ってるし。」

とんとん拍子に進む会話に少しだけ驚いた。旧友、と言ってもこんなに彼との会話って弾んだかな。お互いに社交辞令とか色んなことを身に付けたからかな、そう考えるとやっぱり昔とは違うんだな、と実感してなんだか変な感じだ。砂糖とミルクが混ざっているコー ヒーを口に含むと、彼もつられるようにブラックのコーヒーを口にした。

「十年間変わってないこともありますよ。」
「例えば?」

と返事を返すと彼は、それは、と目をあちらこちらに泳がせてコーヒーを何度も何度も口に含み始めた。どうしたんだろう、明らかに様子が変だ。というか不審者みたい。まあ、彼の容姿は整っているから、そんな風には見られることなんてないんだろうけど。彼をぼうっと見ているとばち、と目が合う。口を開いて、閉じて、また開いたと思えば閉じてを繰り返す。けれど何も言葉を発さない彼はカチャリと机にコップを置き、そっと手を伸ばしてコップを持っている私の手と自分の手を重ねてきた。

「俺はあのときまだ子供だったから、諦めていたんですけど。」
「?」
「今なら自信をもって堂々と言えます。」
「えぇっと…な、なにを?」
「俺、結婚するならあなたがいいんです。」

真剣な眼差しで貫くように私を見つめる彼の大きな瞳のなかには、真っ赤な顔の私がいた。ああ、私って今こんな顔してるんだ。自覚すると同時にかあっと顔が熱くなっていくのが分かる。

「えっ、あの、…そ、それはどうゆう意味でしょうか?」
「そのままの意味です。」

そのままとは。つまり私と結婚したいとゆう意味だろうか。狼狽えている私を余所に、さっきの動揺はどこへやら、彼はそれはもう自信満々ににやりと笑う。やっぱり変わってない。大人っぽくなんてなってない。あの日のままの生意気な彼がそこにいた。

生意気ながらも優しそうな目をする彼から逃げたくなって目を逸らす。逃げ出したい、でも逃げられない。唾を飲む音が嫌に身体中に響く。

「逃げないでくださいよ。」
「に、逃げて、なんか。」
「俺は本気です。」
「あ、あの、ちょっと、まっ、」
「結婚を前提に付き合ってください。」

握られたままの手にぎゅうっと力がこめられる。手からは微かに震えが伝わってきて、彼が緊張しているのが伝わってきた。

本気なんだ。と、笑っている自分に気づく。ああ、なんだ、かわいいとこもあるな、なんて。重ねられている手をそっと握り返すと、彼のまっすぐな瞳がぐらりと揺れた。

「よろしく、お願いします。」
「えっ!ほ、本当ですか!?」
「わ、私なんかで良ければ。」

きちんと返事を返せば、彼の目が今にも泣き出すんじゃないかていうくらいにゆらゆらと揺れる。それでも私から目を逸らそうとはしないで、徐々にぱああっと明るい笑顔になっていった。がたん!強い音が喫茶店のなかに響き渡る。ちょっと、みんなこっち見てる!

「俺!絶対に!幸せにしますから!」

いよっしゃー!とはしゃぐ彼。店内の人たちがパチパチと拍手をする中で言い切った。やっぱり変わってないな。彼は昔のまんまな生意気な笑顔を浮かべて無邪気にはにかんだ。



ロマンスは突然に

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