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□何もない部屋
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何もない部屋



扉の前で立ち尽くすその後ろ姿が、やけに俺の目に焼き付いた。空っぽになった真っ白な箱が彼女を凍りつかせる。

触れてはいけない。知らぬ顔をして気づかないふりをする。彼女に自分がその場にいたことを悟られないようにその場を離れた。



暫く時間を置いてその部屋から戻ってきた彼女は、浮かない顔をしたまま、壁にもたれかかっていた俺の隣へと座り込む。唇を固く結んで、何かを我慢する仕草が上から見えて、会話があまり得意ではないがそっと声をかける。

「どうかしたのか?」
「彼の部屋、空っぽだったの。」
「・・・そうか。」
「連絡もとれなくて。」
「・・・」
「捨てられちゃった、みたい。」

喧嘩はしていない。今でも好きだ。と、彼女は彼が自分の側から消えた理由が分からないと震えていた。愛想が尽きたのかな、と半ば諦めたように笑って泣くのを堪えている。弱々しくも懸命に立ちあがる彼女は俯いて、脆さを隠そうと力一杯に服の裾を握りしめる。

「居なくなったのか?」
「うん。」
「何も言わないで?」
「・・・うん。」
「お前を置いて?」
「・・・」
「消えたのか?」

返事は次第になくなっていった。認めたくないと言うよりも、もうこれ以上触れて欲しくないのだと思う。それはそうだ、最愛の人が何も言わず、部屋を空っぽにして居なくなっただなんて、誰だってつつかれたくはないだろう。

今彼女に突き付けられた現実は、彼のせいでも、もちろん彼女のせいなどでもない。何故なら。

「また悲しくなったら、俺の部屋に来い。」

触れたかった。弱く脆く隣に立つ彼女の頭を、せめて優しく撫でてやりたかった。しかし、伸ばした手が宙でさ迷い、何も出来ずに下がっていく。

「お茶くらいは出す。聞くだけでいいなら気の済むまで話せ。」

そしたら少しは楽になる。彼女も、そして俺も。彼女が悲しみを吐き出せば、俺は責められて罪悪感にやっと気づくことができる。そうすればもっと、触れてはいけないと確信できる。

「ありがとう。」

優しいね、と彼女は言う。涙を溜めた瞳が無理矢理な笑みになって、胸の奥が痛み出した。

そんなんじゃない。俺は狡いんだ。汚れてしまっている。そんな手でお前に触れることなんてできない。触れる為に選んだ筈なのに、罪悪感が絡まって手を伸ばす事かできない。すまない。

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