元拍手文

□五番目に隠したの
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2月にやってくるそれは、思春期真っ只中で異性のことを意識バリバリな中学生にとってビッグイベントである。
けれど雲雀にとっては何が楽しいのだかわからない。
菓子類の持ち込みに関しては、本当は校則違反なのだけれど、今日という日に取り締まろうとしたところで風紀委員がパンクするだけである。
ならば一日くらい目を瞑ってやるか、くらいな気分でいた。
去年までは。

これっぽっちの感動も持ちえないまま自分の下駄箱に詰め込まれたチョコレートを、用意させていた袋にばっさばっさと投げ入れて回収する。
何を思って雲雀の下駄箱にチョコレートを放り込んでいるのかなんて興味ないが、一つだけわかることはある。
きっと雲雀が欲しいものはこの中にはない。
少々自棄っぱちな気持ちで全部のチョコを袋に入れ終えたときだった。

「あ」
「……」

思わず、といった具合にこぼれた声に反応してしまったのは、雲雀がもうずっとその声を自分の中で反芻していたからだ。
くるりと後ろを振り向くと、そこには雲雀の予想通り、声の持ち主、沢田綱吉が立っていた。

雲雀の視線を受けて、沢田の肩がぎくりと揺れる。
何もそんな反応することないのに、と思うと同時に、自分が他人にどういう印象を持たれているかの自覚はあるから仕方ないなとは思う。

「なに」

極めて冷静に声を出したはずが、なんだか冷たい響きになってしまった。

「えっと、あの……」

けれど、沢田は他のこと、すなわち雲雀の手にぶら下がっている袋の中身が気になるようで、今度は怯えた様子を見せなかった。
今も、ちらちらと、チョコレートの入った袋に視線をやっている。

「君もチョコレートでもくれるわけ?」
「あ、はい!」

まさか自分には無いだろう、と自嘲気味に告げたのに返ってきたのは予想外の返事だった。
沢田は、ぱっと顔を上げると、パタパタと雲雀に近寄った。
雲雀は殴り合いの戦闘以外でこんな近くにめったに他人を寄せつけないし、それが沢田ともなるとそれだけでクラクラした。
沢田の柔らかそうな白いほっぺたにかかる睫毛の影まで見えた。
沢田の睫毛は、彼女の髪の毛よりも若干暗い茶色なのだと、雲雀はこのとき初めて知った。

沢田はそんな雲雀に気づきもせず、ブレザーの右ポケットに手を突っ込んで、何かを取り出し、握りしめたまま雲雀の前に差し出した。

「今日は、バレンタインなので……その、いつもありがとうございます」

ハッとして雲雀が手のひらを出すと、そっと置かれたのは一粒のチョコレート。
コンビニなんかでも数十円で売っている「MILK」と書いてあるパッケージの、どっからどう見ても義理でありそれ以上でも以下でもない、まさしく義理チョコの本命だった。
一瞬期待した自分を殴りたい。
そもそも目の前の彼女は手ぶらなんだから、ある程度の予想はできたはずである。

「えっと、それからこれはいつも風紀を乱してすみません」

手のひらに置かれたチョコレートを見つめていると、驚いたことにさらに沢田がチョコを乗せてきた。
同じ商品のシリーズなのだろう、形も大きさも一緒だけれどパッケージが違う。
今度は「きなこもち」だ。これは、チョコレートなのか雲雀には判断しかねた。

「あと、いつも巻き込んですみません」

次はアーモンドの絵が描いている。チョコを置く沢田の指が雲雀の手の平をかすめた。

「それと……これからも、よろしくお願いします」

そして苺の絵が描かれているやつ。
次から次へとポケットから出てくる色とりどりのチョコレートを見て、雲雀はなんだか沢田らしいな、と思った。
ポケットにいっぱいの大事な気持ち詰め込んで、そして彼女の大切な人間に惜しみなく配り歩く。

「……もう、おしまい?」

たくさんの人間に配り歩くなんてしないで全部雲雀にくれたらいいのに。なんて思ってしまう。
ねだるようなことを告げると、沢田は目を丸くして、「う」、だとか「あ」、だとか「なんで」、だとかもごもごとこぼしだした。
ひとしきり挙動不審になったあと、沢田はきゅっと唇を引き結んで、はじめて左側のポケットに手をつっこみ、それから先ほどまでと同じように雲雀の手のひらに、もう一粒、乗せた。

「そ、それは、おまけです」

雲雀の顔も見ないで小声で告げた後、くるりと背を向けて走り去っていった。
いつものどん臭さはいったいどこへ。
雲雀が廊下を走るなと注意する間もないほどである。

残された雲雀はため息を一つ。
それから手のひらの上の五つ目のチョコに目をやると、今までとは違って裏返しに置かれている。
今度は何味なのだろうか、くるりとひっくり返す。

「え、」

そこにあったのは赤い背景に茶色のハート型だ。
どくどくと、血液の流れる音を耳の奥で雲雀は聞いた。
聞きながら、ついさっきまでの一つ一つを並べていく。
チョコレートのパッケージの絵。ハート。
左のポケットから。一つだけ。
それから走り去った沢田綱吉の耳の色。

これらが指し示すもの。雲雀の勘違い、都合のよい解釈でないならば。

何度か瞬きをして、呼吸を整え、沢田が走り去った方を見る。
さて、彼女はどこへ逃げたのだろうか。
掌にある五番めのチョコレートは、知っているだろうか。

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