元拍手文

□瞳の中に星がある
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 金属が肉と骨を打つ音を耳にしながら、沢田綱吉は自身の胸元に抱えたカバンをさらにぎゅっと強く抱きしめ、固く目を閉じた。
衣替えは済んだが、ベストを着用もするこの季節は、まだ汗をかくような気温じゃないのに、シャツの下の肌がしっとりしているのがわかる。
両足の親指にぐっと力を入れていなければ、倒れてしまいそうだ。

「もう終わり?つまらないね」

 そう言い放つ声の後に続くのはくぐもったうめき声。
それも一人二人ではなく、複数人の。
ふん、と鼻で小馬鹿にしたさまが、目で見なくても綱吉には分かった。
打撃音はもうしないのに、「うぐっ」なんて低い声も聞こえてくるから、きっと倒れ伏している者のだれかを足でぐりっと踏んだのだろう。
 彼らの自業自得ではあるが、綱吉は心の中だけで倒れている者たち――不良のグループ――の冥福を祈った。
どうか安らかに。そして綱吉のことを逆恨みして再度絡んでくることなんてありませんように。
 そう、向かって行くなら綱吉じゃなくて今自分たちに直接手を下したその人相手にして欲しい。
彼なら嬉々として迎え撃つだろう。
不良たちはリベンジマッチができるし、彼は退屈しのぎができる。お互いにwinーwinだ。


「終わったよ」


 声をかけてきたのは、惨事を引き起こした雲雀恭弥だ。
多勢に無勢であっても雲雀による一方的展開で全員あっさりのして、この場でまだ立っている雲雀以外の人間である綱吉に近づいてくる。
先ほどまで張り詰めて入れっぱなしにしていた力が抜けて、なんとも言えない倦怠感が綱吉を一気に襲う。
不良に絡まれるのも、暴力の現場に居合わせるのも、とても精神を疲弊させるものだ。
綱吉はふぅっと肺に溜め込んでいた息を吐いて、そろっと閉じていた瞼を持ち上げた。

「あ、はい、ありがとうございま、す……っ!」

 目の前に立った雲雀は、言い終わる前にぐっと綱吉の顎をもって上を向かせてくる。

「うん」

 鷹揚に頷きながらじっと黒い瞳が綱吉を見つめる。
雲雀の大きな手は、片手でも綱吉の顎をガッチリホールドし、指先は首にまで差し掛かっている。完全ホールドである。
綱吉はこの瞬間とってもどきどきする。
しかしそれは、近距離で顔を見合わせていることに由来する乙女のドキドキではなく、顎と頸動脈という急所を雲雀に触れられているという、単純に生命の安全が脅かされていることへの恐怖からのドキドキであった。



 元々、なぜだかよく不良たちに絡まれる綱吉を雲雀が頻繁に助けることがあった。
助ける、といっても最初はただ綱吉の周りにいた不良どもを「群れている」と言って咬み殺しているだけだったのだ。
もちろん、今みたいに顎を持ち上げられて顔をじっと見られるなんてことなんてない。
雲雀にしてみたら、ただの風紀活動の一環であったのであろうが、綱吉にとっては助けられていることに変わりないので、一応とてもとても感謝していた。
それが、いつのころからか、こうして終わった後には数分間、顎を掴まれてじっと顔を見られるようになったのだ。
 顎を掴まれて顔を覗き見られるようになった最初のころに、あまりの事態に挙動不審になった綱吉はきょろきょろとせわしなく目を動かして、

「あんまり眼球動かさないでくれない?」

と雲雀にドスの聞いた声で言われたのだ。

 その時は本気で身の危険を感じたし、足元に転がっている不良たちと同じ運命を辿ることを覚悟した。
けれど、脅しに涙目で固まった綱吉を見て、

「うん」

と、いつもより少し高い声でつぶやいた雲雀は、結局綱吉のことを殴らなかった。
それ以来、雲雀に顎を掴まれた時の綱吉は、雲雀を見つめることの恐怖を雲雀に咬み殺される恐怖で必死に押さえ、眼球を動かさないように、さらに瞬きの回数も減らすように精一杯頑張っている。
 しかし、どんなに頑張ってもあの雲雀恭弥と、じっと、何も言わずに真正面から見つめあうなんて、無理である。怖すぎる。
ということで、綱吉は雲雀と視線を合わせないように、かつ雲雀の言いつけを破らないように、いつも雲雀の顔の右斜め上を見つめるようにしているのだった。
そのオプションで、綱吉は、遠くでゆっくり流れている雲を観察するのが得意になったし、夕暮れ時の町に漂う匂いや少しずつ移り変わっていく花の香りを知ることになった。
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