元拍手文

□星の瞳に恋を知る
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偶然か必然か、風紀を乱す連中へ鉄槌を下しているうちに、ある生徒が視界の隅に頻繁に引っかかることに気が付いた。
小さくて茶色のふわふわ頭のソレは、見た目からしていかにも弱々しく文句の付けどころがないほどの草食動物で、つまりは風紀を乱す不逞の輩からしてもカモがネギを背負っているがごとくの格好の標的なのだろう。
もはや絡まれるのが日々のルーティーンワークとなっているのではないか、という頻度で、雲雀はソレが不良に絡まれる現場を目にしていた。

今日も今日とて、僕らは不良ですと恰好で自己紹介している者たちにソレが追い詰められているところに、雲雀は出くわした。
彼らは雲雀の愛する並盛の風紀を踏みにじっているのだから、雲雀は自らの当然の権利として彼らをぼこぼこに制裁してやった。
いつもは群れを咬み殺し終わったらもうやることはないのでそのまま立ち去るのだが、ふと、アレはどうしているだろうか、間違えて一緒に咬み殺してしまったかな、それとも騒ぎの間に逃げ出したかと、きょろりと辺りを見回すと、隅のほうで我が身を守るようにカバンを抱きしめ下を向きぷるぷると震えている。

そんなんだから、目をつけられて、絡まれるのだ!

その姿を見た瞬間、あまりの不甲斐なさに何か一言言ってやらなくては気が済まない、と雲雀は考えた。
道端の石ころにも腹立たしく思うことだってある。

「ねえ、きみ、」

思い立ったらすぐ行動。
自分の行動がもたらすものが周りにとって良いか悪いかは雲雀にとって最も関係ないことであるが、この即断即決の性情を雲雀は自らの美徳とさえ思っている。
一方、声をかけられた対象は、大げさにびくりと跳ね上がって、「ひぃっ」と情けなさすぎる声をあげたが、やっぱり鞄を胸元で抱きしめ立ち尽くしたたままだし、雲雀の顔を見もしない。
その態度に苛立ちがさらに募り、つかつかと歩み寄っては目の前に立ってわざと少々荒い手つきで顎を掴んでぐいっと顔を上げさせてやっと、雲雀は初めて正面からその子と目をあわせた。

話をするときは目を合わせて、なんて小学校でも習うマナーの基本ではあるが雲雀相手にそれを実践できるものは限りなくゼロに近い。
雲雀もそれには慣れているのでなんとも思いはしないが、例えば動物を調教するときは目を逸らさずに命令を下し上下関係を教え込むのと同じような感覚で、視線を奪った。

けれど奪われたのは雲雀のほうだった。
続くはずだった言葉は続かずに、代わりに雲雀はしこたま空気を飲み込み、目を見開くはめになった。
でもそれは仕方のないことだったと雲雀は思う。
だって、先ほどまで何の変哲もなく道端の石のようにつまらない存在だと思っていたその子の瞳は特別だった。
雲雀が最も見慣れた自分の色、黒とは趣の違うアンバーの瞳は淡い。
淡いからイエローや銅色それからゴールドの入り混じる複雑な色味が混ざり合っていて、そのなかにキラキラと柔らかい光を放つ光の粒子が見て取れる。
そう、それはまさに星だった。
雲の隙間から覗く夜空の中で控えめにけれど確かに輝く星。

「あ、あの……」

怯えよりは困惑の色の濃い声がかけられて、雲雀は現実に戻される。まさに言葉の通りに見入っていたのだ。
雲雀は、この小さな小さな生物に、ただ顔を上げろと告げるつもりだった。
けれど、顔を上げてしまえばきっと、雲雀以外の人間にもこの子が隠し持っているものを気づかれてしまうだろう。そんな確信めいたものが胸をよぎる。
それは、それだけはなんだか無性に。

顔をあげろと雲雀が言ったところで、見たところ快活な性質ではないこの少女が素直にかつ前向きに忠告を実践できるとは思っていないが、万が一ということもある。人は一念発起して変わるということもあるのだし。
雲雀の知らないところで雲雀に何の断りもなく雲雀以外の人間が、雲雀の言葉によって上を向いた彼女の瞳の中の星を見つけるのは腹立たしい。

「気を付けて帰りな」

というわけで、結局雲雀は告げるつもりだった言葉を飲みこんで腹の中にしまい込んだ。




▼△▼


梅雨の時期のこのころは、雨がしとしと降り注いでは、屋外での行動を制限する。
それは何も雲雀だけではなく、日頃は体育館裏や校舎の隅でたむろしている連中は、隠れるように校舎内の空き教室で群れていて、雲雀の不快指数を上昇させる。
そんな群れをさっさと駆除し終えた昼休み、雲雀は学内の見回りを切り上げて、応接室への廊下を直進していたときだった。

「あ!」

階段を通り過ぎようとしたところ声がしたので見上げれば、階段の上には沢田綱吉だ。

雲雀が沢田綱吉の中に特別を見出して以来、雲雀は沢田を捕まえてはその瞳の中の星をのぞき込んでいる。
雲雀が覗き込む彼女の瞳は、光の具合で紅茶色から琥珀色まできらりきらりと色を変え、星も瞳にあわせて瞬いた。
いつからか雲雀は、風紀違反者から星の瞳の『本体』を助けてやっているんだから、そのお礼に星を少々鑑賞するくらいはいいだろう、と変な方向の下心をもって沢田綱吉に群がる羽虫を追い払ってやるようになった。
なんなら朝昼晩と一日に三回くらいトラブルに見舞われてくれるといいのに、だなんて本体すなわち沢田綱吉が聞いたら、泣いてやめてくれと懇願するようなことを考えている。

「ヒバリさん、」

けれど、そんなことを知りもしない沢田は、えへへ、と照れたように雲雀の名を呼ぶのだ。
最近の彼女は、雲雀を見てふにゃふにゃな顔を見せるので、雲雀はなんだか体の中がムズムズするし、口角が勝手に上がりそうなのをこらえるために、いつも顔にぐっと力を入れる羽目になる。
呼びかけに応えて雲雀が足を止めてやったのを確認し、沢田が階段を降りようと一歩を踏み出した時だった。
朝から雨は降り続いていて、誰かが濡れた上靴をそのままに廊下をあるいたのであろう。
不運なことに、リノリウムの床は少し湿っていた。

「へ?」
「なっ!?」

沢田綱吉は何の変哲もない、けれど濡れて少し滑りやすくなっていた階段でずるりと足を取られてスリップした。
ちょっと転んでしまった、というよりも階段からジャンプでもしたのかと疑うほど大きくバランスを崩し、重力に導かれて落下する。

このまま地面に叩き付けられてしまえば、壊れてしまう!

まあるい瞳が恐怖に染まるのを見ながら、雲雀はぐっと奥歯を噛みしめて、めいっぱい両腕を伸ばした。
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