元拍手文

□よもつひらさかもものかおり
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*黄泉比良坂とその坂の上にあり魔を除けたといういう桃の木を題材にしています


白い部屋に白いベッド。それからその上に横たわる人も、白い。
いつもは髪と瞳に着ているものまで真っ黒だから、そのイメージが強いのに、今は包帯と血が通っているのか怪しんでしまうほどの白い肌のほうが目立つ。
さらには規則的な音を奏でる機械と、一定のリズムでぽとりぽとりと雫を垂らす点滴が、物言わぬ男の状態を物語っている。
いつかこういうことが起こるかもしれないということは、彼の稼業から簡単に考えうることだった。
けれども彼の強さがその疑いを遠ざけていた。

「こんにちは、ヒバリさん。今日は桃を持ってきました」

よく熟れた美しく香しい桃を入れたカゴを手に、目を覚まさない青年を見舞いに来たのもまた、一人の青年だった。
この病室、といっても病院の一室ではなく、とある組織の奥深く完全セキュリティーに守られた部屋に入ることを許された数少ない人間の一人が、この沢田綱吉である。
沢田綱吉は、この眠れる青年――雲雀恭弥の中学の後輩であり同業者であり、そして雲雀本人は認めてはいなかったが唯一上司と呼びうる立場にあるものであった。
命を狙ってくる敵も多くさらに人嫌いの気のある雲雀恭弥は、自分が倒れた後のこともしっかりと部下に指示してあった。
もしも動けなくなった場合には即座に緘口令をしくことを命じてあり、その上で面会を許可する人(といってもそれはほんの数人、片手で足りる程度の人数であったが)をあらかじめリストアップしていたのだ。
 その中に、沢田綱吉の名があったことを不思議と思うものはいなかった。
雲雀恭弥はなんだかんだ言いながらも、沢田綱吉を懐に入れていた。
ただ、二人は友人かというとそうでもなく、では仕事だけの関係かというと、そうとも言い切れない。
中学時代から十年かけて二人は二人ならではの結びつきを築き上げていた。

「ヒバリさん、今日もまだおやすみですか」

雲雀が倒れてから幾日経ったであろうか。
第一報を受けて急遽イタリアから並盛へと文字通り飛んできた沢田綱吉は、その優しげな見た目に反して裏社会の主役だ。
その沢田綱吉は、「雲雀が目を覚ますまで側にいる」と宣言した。
宣言通り沢田は毎日雲雀を見舞い、雲雀に話しかけ、雲雀が目を覚ますのを待っている。
彼がこうして並盛に留まることで滞る業務もあろうが、沢田は頑として並盛から動こうとしなかった。
仕事なら並盛の支部でもできるし、自分には優秀な部下がいるから、との一言で全ての反論を封じた。
雲雀の一の部下、草壁哲矢にとっても、沢田ほどの実力者が身動きの取れないどころか意識のない雲雀のそばにいることは、雲雀の安全面からもありがたいことであった。
雲雀の容態のことも、沢田が指示してボンゴレが工作したおかげで、いまだに漏れてはいない。
しかしもう一方では、沢田綱吉、またの名をドン・ボンゴレ、裏社会の頂点その人が並盛に留まり続けることは、すなわち全世界からの注目がこの並盛に集まることであり、その分秘密が漏れやすくなるという諸刃の剣でもあった。
つまるところ、雲雀と沢田を取りまく現状は予断を許さない。

「ヒバリさん、いい加減起きたらどうですか。昼寝にしては長すぎですよ」

部屋に響く言葉に返す声はない。
静かに眠り続けている雲雀の顔は穏やかだが、雲雀の怪我はそりゃあ酷かった。
不意に食らった銃弾で腹に穴を開けたまま、大立ち回りをやらかして敵を殲滅したのだ。
普通だったら腹に穴が空いた時点で、ぶっ倒れている程の怪我に加えて、随分と派手に動き回ったのだから、大量の出血。
生死の境を彷徨う様子に一時は部下たちは死を覚悟までしたが、雲雀の強靭な肉体はなんとかこちらに留まった。
容態が安定した時は、雲雀が目を覚ますのも時間の問題だろうと、誰もが安堵したというのに。
死の危機から生還し、人工呼吸器が外れ、傷が塞がり始めても雲雀は目を開けなかった。

雲雀恭弥の肉体は快方に向かってはいるのに、何故か雲雀が意識を取り戻さない。
原因がわからないから手の打ちようもなく、いつ目を覚ますかわからない。
時間だけが無為に過ぎ、不安だけが増大している。

今日も、沢田が持ってきた桃の香りが漂っている部屋の中、雲雀はうんともすんとも言わない。
沢田はそんな雲雀の顔を見詰め、茶色い瞳を揺らしている。
ここ数日、この繰り返しで、沢田は今日もそのまま許される限り雲雀のそばにいて、そして明日を約束して病室を後にするはずだった。
けれど、今日は違った。
ぴくり、と雲雀の指が微かに動いて沢田は息を飲み込んだ。

「……ぅ」

雲雀の喉から声ともうめきともつかない音が漏れた。
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