□好きだと伝えて
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雲雀恭弥という人間は、美しい。
そして、強い。
彼女は中学時代から黒髪にセーラー服を翻し、トンファーを手に勝ち続けてきた。
「風紀」を愛し、男たちを束ね、町を掌握し、そして今は「風紀財団」という組織のトップだ。
欲しいものは欲しいと言って手に入れる。けれど得たものに束縛などされない。
風のように軽やかに生きている。
そんな雲雀にも分らないものがあった。

「恋」。
世の女性たちはソレに現をぬかしているらしい。
世間には恋の話も恋の歌も溢れていて、恋こそがこの世で一番美しく素晴らしいもののように讃えられている。
馬鹿らしい、雲雀はそう思っていた。
そんな事をする暇があれば、もっと有益な事をしたい。
例えば、世界の七不思議を解き明かすだとか。

そう言いきる雲雀にある人が言った。
「君も恋に落ちれば分かるさ」
なるほど、確かに一理ある。分らなければ分ればいい。

考えて見れば、案外雲雀には知らないこと、経験したことが無いことが沢山あった。
恋もそのうちの一つだったし、他にも風紀を乱す様な事はしたことはなかった。
酒を嗜むことはあるが、前後を無くすほどに酔い潰れる事もない。煙草を吸ったこともない。

ならば。
雲雀は煙草を、一箱購入することにした。
恋や前後不覚になるほどの深酒、煙草、が有用かは分からないが、知らないことがあるのはつまらない。
とは言っても恋なんてそこら辺には落ちてない。
ならばまず手ごろなところから始めて見よう、というわけである。
季節は春。桜のつぼみがほころび始めているこの季節は、何かを始めるのにちょうどよい。
春風のような軽さで雲雀は目についた駅前のコンビニにふらりと入った。
あたたかくなりだした春の陽気にだらけているのか、やる気のなさそうな緩んだ顔のヒゲ面の茶髪ピアスの店員に、目についた27番と番号が振られている銘柄を指定する。
ついでにレジ横に置いていた100円の簡易ライターも。半透明のポリエチレン容器は薄い橙色にした。
店員は半分寝ているような目のまま会計をし、ポリエチレンの袋に煙草とライターを突っ込む。
「あざーしたぁ」
日本語かどうか判別不能の掛け声を背にコンビニを後にした雲雀は、ついにお目当ての物体を手に入れた。
数百円と引き換えに手に入れた箱は軽く、振ると中でかさかさと数本がぶつかり合う音がする。

さてさて、手に入れたはいいもののどうしたものか。
スーツのポケットに煙草を忍ばせると雲雀はそのまま駅前をうろつき始めた。
家や風紀では使用人たちや草壁に見つかる。
それではいけないのだ。こっそりと。そう、これはちょっとした悪戯みたいなものなのだ。



5分ほど歩いただろうか。なかなか煙草を吸える場所が見つからない。
昨今の禁煙分煙の波に押されて、雲雀の並盛でも歩き煙草は禁止だ。
ここまで喫煙場所が撤去もしくは隠されているとなると、なるほど愛煙家にはなかなか世知辛かろう。
ちょうど具合が良い場を求めてさすらいながら、ひっそりと忘れ去られてしまったような場所に追いやられているだろう喫煙所を想った。
自分の街の、知らない顔を見つけるのは存外な楽しさがある。
街を流れる川のさらにその支流にかかった、二・三歩で渡りきってしまうような橋の横に滑り台が設置しているだけの小さな公園が見えてきた。
そして、その公園のわきには。ひっそりと立つ桜の木の横には、煙草の灰皿のスタンドが置かれている。

「なんだ、あるじゃないか」

まるで蜃気楼のオアシスを見つけたようにそっと近づいていけば、灰皿スタンドは逃げ水のように消えはしなっかった。
灰皿の中には一本、吸い殻が捨てられている。
雲雀はきょろりと周りを見回した。
誰もいない。
今がチャンスである。
雲雀は少しもたつきながら煙草の箱を大きく破り、一本取り出すと、火をつけた。
経過は上々である。
先の方からゆっくりと煙があがるのを確認して、そっと自らの唇に持っていく。
そして。

「げっほっ」

むせた。
なおも咳き込むのが止まらない。げほげほと息を吐きながら、うずくまる。
なんだこれは。
一口吸い込んだだけでこれだ。
まずい。臭い。涙が出てくる。
こんな、こんなもの、何が楽しくて吸っているのか分らない。
やはり風紀を乱す様な事はいけない。
まだむせるのが止まらない。口の中が不快だ。なおも煙は上がり続けている。

(並盛の町では全面禁煙にしてやろう)

そんな事を思っていたら、すっと、雲雀の手から煙草が取り上げられた。
雲雀の手から何かを奪うなどと。
気が立っているまま見上げると、そこにはなんともくたびれた様子の、男がいた。
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