□グンナイ・ダーリン
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キラキラ光る緑の中を五月の涼やかな風が吹く。
長い冬が終わり、白いスズランや色とりどりの花々が一斉に咲く五月の初めの欧州はまさに幸福の季節である。
庭に出したテーブルに真っ白なテーブルクロスを引いて、その上にはガラスの小さな花瓶に挿した一輪のスズランを飾り、レースのような文様が美しい白いカップでお茶をしたい。
イタリアの城に住む沢田綱吉はそんな素敵なお茶会を満喫、するかわりに真っ白なシーツに包まって蓑虫のようになっていた。
おでこにはピタッと貼れば熱い額を冷やしてくれる冷却ジェルシート。すぐ手が届くところにはお肌に優しいティッシュペーパーの箱とその残骸多数。
紅茶のかわりに枕元にあるのはスポドリ。
首には柔らかふわふわタオルが巻かれていて、喉を温めてくれている。
手で押さえた頭はがんがんと痛み、四肢は気だるさで重く、汗をたっぷり吸い込んだ寝間着はぐっしょりとして不快。
さらに汗もかいてるのに一体どこにそんな水分がまだあるんだろうかと悩ましく思うほど次から次へと流れ出てくる鼻水をすすり、「うぁっ」と呟いた喉は痛い。見えない扁桃腺が腫れて真っ赤になっているだろう。
つまり、沢田綱吉は風邪をひいたのである。
朝一番に綱吉の様子を見て、
「じゅ、10代目が……」
と、まるで危篤状態にでも陥ってしまった人を見たかのような声を上げて心配をした獄寺は、
「ボスが使えねーんだったら、右腕のてめぇが100倍働け」
と短機関銃MP5Kを乱射したリボーンに引きずられて分厚いドアの向こうへ消えていった。
まだ綱吉のところに再訪できていないから、きっと今頃も大量の書類と格闘しているのだろう。
ふぅ、と一息ついて、それからごろり、と寝返りをうった綱吉の視界に飛び込んできた見事な文様のはずの無駄に豪華な天蓋も今はぼんやりしている。
熱で溶けてしまいそうな眼球で見つめる複雑に織られているアラベスク模様は、そのうち意思を持って勝手に動き出しそうだ。
動き出した蔦は、綱吉の四肢を捕まえて八つ裂きにしてしまうだろうか。まるで霧の守護者の男の方が見せる、趣味の悪い悪夢である。
詰まった鼻では息ができなくて、かわりに開いた口で空気を取り込んだ綱吉は、気だるげに重い瞼を瞬かせ、ふふ、と一人自分の中だけで笑った。
まさかそんな、模様が動き出すなんてさすがに成人した今は本気で思ってはない。でも、昔、同じようなことを考えたことがあった。

うんと小さい子どもの頃だ。
風邪をひいて熱を出した小さな綱吉は、一人部屋の中で寝ていた。
視界が赤かった記憶があるから夕焼けの時刻だったのかもしれない。
はふはふと熱い息を吐きながら、おでこに乗っけられた濡れたタオルを落とさないように辺りを見回すと、ベッドにこっそり貼った恐竜が見えた。
恐竜は正確には恐竜のシールで、綱吉がこっそり貼ったもので、友達がいなくって一人遊びが得意な綱吉は、いつもお気に入りの恐竜さんの人形で「がぉー」って遊んでいたし、ついには壁やベッドなど手が届くところにこっそりとシールを貼っちゃうくらい恐竜に憧れていたのだ。
けれど、なんだかその恐竜が今日は全く知らないもののように見えて、そしてそれだけでは済まなくて、ちょっと怖いなって綱吉は思った。
思ったら目が離せなくなって、綱吉がぱちぱちと瞬きして見つめるその先で、その恐竜の目がぎょろりと動いたのだ。
目の次は口。かちかちと恐竜の大きな牙が鳴っている気がする。
朱色の視界の中でゆらゆらと動く恐竜に、綱吉はひゅっと息を飲んだ。
ぎざぎざの歯が並んだ大きな口は綱吉をぱくんと一口で食べるためにあるみたい。
どうしようもないくらいに急に怖くなった綱吉は、立ち上がって逃げようにも熱で重い身体は動かなくって、びぇえ〜んと情けないくらいの大声を上げて泣いた。
一心不乱に母親を呼んだりもしたと思う。
それで。
(それで、どうしたんだっけ……)
熱で浮かされた頭で考えるには随分と昔のことだったので思い出す前に寄ってきた眠気にそのまま引きずられて深く沈んで行った。
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