□ナイナイ・スイート
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『あ、もしもし?オレですけど。って、別に詐欺じゃないですよ。まあこの番号にかけられる人間なんて限られてるんでそんな心配ないとは思うんですけど、でね、なんで連絡したかって言うと、このところずっと眠れなくって。オレがしていることは全部間違いなんじゃないか、全部ムダなんじゃないかなぁって思っちゃって。ぜんぶ忘れてお星さまでも見れたらなあと思ったんですけど、暗殺を気にして部屋の窓は全部小さくって星どころじゃないですし。まあ特に大したコトじゃないんですけどね……じゃあ……ヒバリさん、また』

一息で言い切った後、沢田は通話終了ボタンを押しベッドに携帯を放り投げ、はぁ、と深いため息をついた。本当は間近に迫ったボンゴレのパーティーへの出席をお願いしようと思っていたのだけれど、なぜだか口が勝手に動いて漏れてしまったのだ。

「あーあ……」

一度口から出てしまった言葉は口の中に戻っては来ない。でも、きっと、雲雀は沢田のメッセージを聞かないだろう。今までだって何回か、沢田は遠慮がちにお願い、というかボンゴレ関係の依頼のメッセージを吹き込んでみたことがあるのだけれど、雲雀はそれに対してなんの返答をしてこなかった。十中八九、聞いてすらいないのであろう。
万が一の確率で雲雀が気まぐれを発揮してメッセージを聞いたとしても、「あ〜そんなことありましたね。すみません」って笑って謝ってしまえるくらいには、時間が経っているに違いない。沢田の脳裏にはぼんやりと、開かれずにたまっていくメッセージが浮かび、次の瞬間にはそれは全部まとめてごみ箱に投げ込まれた。
でもそれでいい。それがよかった。
『王様の耳はロバの耳』。言ってはいけないからこそ口に出してしまいたくてしかたない。だからって聞いてほしいわけじゃない。でも、弱ってるから弱いから、聞いている人が全くいなくて可能性もゼロ、っていうのは少しツライ。微粒子レベルの可能性でいいから、出口があってほしい。
つまり、今まで何のレスポンスも返ってきたことのない、もはや携帯しているかすら定かでない、いやおそらくは放置されて埃をかぶってるであろう、ボンゴレから守護者へ支給されている指紋認証付の秘密回線を用いた雲雀の端末は、格好の愚痴り先だった。
はあぁ、と今度は肺に入っている空気すべてを出し切るような息を吐く。肩にのしかかってきているものが重くって仕方ない。吸い込む空気すら、沢田を圧迫しているような気がするし、なんだか頭も痛い気がする。どこもかしこもボロボロで、気分は満身創痍。毎日寝床に潜り込んでも眠れている気がしない。
それでも、たとえ眠れなくても、沢田は身体を横たえて少しでも休息を取らなくてはならなかった。倒れたりでもしたらそれこそ大変なことになるだろう。沢田はもうただの『沢田綱吉』ではなく『ドンボンゴレ』なのだから。

「あの人、今どこでなにしてるんだろ」

おそらく、世間的には恋人と言ってもいいだろう間柄なのに、居場所すら分からない。でも、その自由さが沢田の心を軽くしてくれるのだから、しょうがない。
もう一度ついた溜息はさらに深くて、沢田は観念してベッドに潜り込むと、まるで小さな子供の様にぎゅうっとシーツを身体に巻きつけて丸まった。
秋風が吹き始めた十月の初旬の夜の空気は冷たい。沢田はもうすぐ、いつか見た未来の自分と同じ年齢になる。
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