頭文字D

□携帯
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啓介は大学の食堂で大盛りのポークカレーを食べながら携帯を打っていた。
兄がいれば即座に行儀が悪いと言われるが、今はそれこそ行儀の悪い仲間達と一緒だ。誰も咎める人物は居ない。
それにメールの相手である中里毅は平日忙しい社会人。多くメールしようと思えば昼休みは特に大事な時間だ。
《今夜行ってもいいか?》
そう簡潔に送る。
待ってる間にサラダの中にあるトマトを齧ってると結構早く返信がくる。
相手がメールを始めた頃は返事がなかなか遅くて一度聞いてみたことがあった。中里はメールを打つ習慣が元々無かったらしくて、四苦八苦ながら一生懸命作成していたらしい。
あの頃から比べて返信は飛躍的に早くなってきた。
《いいぞ。飯は何がいい?》
きたきたと啓介は顔の筋肉がほころぶのが分かった。
ー長谷川さんにはかなわないけど中里の飯美味いんだよなぁ〜
ニマニマしつつ夕飯何をリクエストしようかなぁと悩んでいると、同席していた阿曽典保が啓介の緩んだ顔に気づく。
「顔が緩んでるぞ。さすがのイケメンも台無しだな。ファンが減るぞ。」
「あ?」
「自覚してねぇのか?鼻の下が伸びただっらしない顔。」
「マジ!?どんな顔だよ。」
ラーメンセットを食べてた千堂直継も顔を上げて啓介をまじまじと見つめてくる。口の端に残った麺をチュルっと吸い込むと、汁が少し飛びきたねぇなと啓介が飛び退くと、その横でカツ丼を食べていた田渕翔吾にぶつかった。
「相手誰だよ。まぁ、俺の予想としては一年生マドンナ羽住明里あたりか。」
「二年生マドンナの矢野梨奈あたりはどうだ?」
「いやいや、三年生マドンナの宝条まどかだろ。」
三人三様女子の名前をあげる。
「そりゃ、お前ら個人の好きなタイプだろ。」
呆れたように啓介は呟いた。
とりあえず先に返信しておこうと携帯を開き、《八宝菜が良い》とだけ送る。
「なあ、啓介。どんな子だよ。親友としては知っておくべきだと思うんだよな。」
阿曽がうんうんと頷きながら言うと、残りの2人も賛同する。何しろ啓介は来るものは拒まず、去る者は追わずとよりどりみどりで女の子と付き合っていたのだ。そんな彼が1人に絞ったのに3人は驚きを隠せなかった。
「どんなって…社会人で俺より年上でめっちゃ可愛いし、料理は美味い。」
時には殴りかかってきたりする男だけどな。あいつのパンチ痛いんだよなぁ…と、心で追加。
「と…年上!お姉様かよー!」
「羨ましい!高橋、その子に女の子を紹介しもらえないか頼んでくれ〜」
「そうだ!紹介してくれぇ!贅沢は言わん。ボッキュンボーンのナイスバディで性格良くって、可愛い年上のお姉様!」
「いや、それ贅沢だろ〜せめてEカップの巨乳ちゃんとか。」
「お前、巨乳派かよ。俺は美乳だったらサイズはどれでもいいや。あ、でもなさ過ぎてもなぁ。」
無理だろ…と、啓介はひとりごち。中里に紹介出来る女の子を探してもらうのは、砂漠の中に落ちた針を探すのと一緒だ。
紹介!紹介!と叫ぶ悪友を無視して携帯をみる。返事が無い。
もう10分は経ってるはずだ。それに、そろそろ会社の昼休みは終わりな筈。
いつもメールの終わりは中里の《昼休み終わる。また後でな。》というメールが必ず届き、それで就業の時間まで携帯は鳴らなくなる。
たとえ、昼休みの間に緊急で仕事が入った場合も《仕事入ったからもう行く。》とか…とりあえず何かしら必ず終わりの連絡は入る。
中里は律儀で義理堅くてマメな男なのだ。途中で放置するような事はしない。
それなのにまだ来ない。
啓介は不安に駆られて堪らなかった。
結局昼休みが終わっても、講義が終わっても中里から連絡は入らなかった。
時間が経つに連れて深くなっていく啓介の眉間の皺が苛立ちを、あらわしていき、深くなればなるほど友人はクワバラクワバラと啓介をそっとしておくのだ。
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