頭文字D

□始まり方は何でもアリ
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中里が目を覚ますと、自分の暮らすいつものワンルームの天井が見えた。
遮光カーテンの隙間から太陽の光が入り込み、部屋の中を薄っすら明るく照らし朝なのをしらせる。
昨夜、月一で会社の仲のいい奴らと金曜日の晩に開催する「花金飲み尽くそうの会」という飲み会で飲み過ぎたのか、頭がボンヤリしていた。
今日が仕事休みで良かったと安堵の息を漏らすと、喉がカラカラに乾いてるのに気づいて身体を起こすと頭や腰、関節に鈍い痛みが走った。
「いっ…てぇ…」
ふと視線をベッドの下に落とすと見慣れたダークグレーのスーツ、淡いストライプのワイシャツ、6歳上の兄が就職祝いにと送ってくれたヴィヴィアンのネクタイ、靴下と下着が脱皮したかのように脱ぎ散らかされていた。
ー下着?
ふと布団をめくり上げ自分が裸なのに目を剥く。
慌てて他に異常が無いか床に視線を走らせると自分のスーツに紛れて見慣れない服があった。
レモンイエローのパーカーにエドウィンの紺色のデニムのパンツ…
中里はしばらくの間呆然としていた。思考回路が完全に停止して情報をシャットアウトした。
するとガラリと音がして風呂場の方から誰か出てくる気配がし、ドスドスと歩く足音とひまわりのような鮮やかな金髪が顔を覗かせる。
「お、中里。目ぇ覚めたか?悪い…勝手に風呂とタオル借りたぜ。」
下着だけ着てガシガシと頭を拭きながら赤城レッドサンズの高橋啓介が近づいてきた。
硬直したままの中里がいるベッドに腰を掛けると、そっと崩れてしまい目にかかるほどの長くて黒い前髪をすくい上げてやる。
「夜はごめんな…身体辛くないか?跡…残っちまったな」
申し訳なさそうに顔をしかめて胸板に指を這わせると中里の硬直した身体がビクッと反応する。
止まっていた思考がゆっくり動き始めたが、高橋?としか口が動かなかった。
「ん?何?」
「なん…で?」
「覚えてない?」
そうだ…記憶が抜け落ちてるのだ。
眉間に皺を寄せて思い出そうとすると、二日酔いなのか頭がガンガンと痛んだ。「とりあえず風呂行ってスッキリしてこいよ。」
自分の部屋なのに啓介に勧められ立ち上がろうとしたら膝と腰に力が入らず床にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?風呂場まで連れて行こうか
?」
啓介が手を出そうとしたが、中里は「いい」とだけ呟き、ゆっくり力を入れて立ち上がった。
そのままフラフラと風呂場に向かって歩いて行くのを啓介は黙って見ている事しか出来なかった。


風呂から出た中里は、寝巻きに使っているスエットに着替えて、タオルで頭を拭きながら部屋を覗くが、誰も居なかったのに少し胸を撫で下ろした。
何が起きてるのか記憶になくて、気まずくて顔が合わせれない。分かっているのはシャワーを浴びている時に太ももを流れるお湯でない液体が、おそらく記憶のない時間に我が身に起きたことをを予想させた。
空になった缶ビールと食べ残しのツマミが載ったままのローテーブルの前に座ると煙草を咥えテレビを点ける。
姿の見えなくなった高橋啓介はおそらく顔を合わせ辛くて帰ったのだろう。一人きりになった部屋で煙草に火を点けるでもなくジッポライターをもて遊ぶ。
急に胃袋がグーと音をたて、自分が空腹だと気づいた。時計は午前10時を回ったところだった。
高校卒業と同時に家を出た中里は一人暮らしが長くなり、下手くそながらにも炊事を始め今は十分作れる様になったが、今の自分に作る気力が起きるわけがなく、緊急用に買い置きしてたインスタントラーメンが確かあったなぁとボンヤリ考えていた。
結局空腹に勝てず、火を点けなかった煙草を箱に一旦戻して空き缶を数本持ち立ち上がると同時に、玄関の扉が遠慮無しに開き、コンビニの袋を持った啓介が入って来た。
「腹、減っただろ。コンビニで弁当を適当に買ってきた。一緒に食おうぜ。」
弁当が二つ入った袋をクイッと上げた啓介がニカッと笑った。
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