頭文字D

□がんばれショージくん
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「でぇ?好きな子を取られて初めて自分がその子の事を好きだと気付いたわけぇ?」
夕方のファミリーレストランで慎吾の目の前に座る女の赤い唇がバカにして歪むのが分かる。
「ほんっと!バカだよねぇ。昔からあんたってそうだよ。好きな子を好きって自覚ないまま苛めちゃうんだもん〜。」
「うっせぇなぁ。仕方ねぇだろ…マジで好きだって分からなかったんだからよ。」
フィルター付近まで吸ったタバコを灰皿に押し付けて火を消してから目の前に置かれているアイスコーヒーを一口飲む。
目の前の女、沙雪も同じようにクリームソーダーを一口飲み、慎吾の顔をじっと見ていたが、テーブルに乗り出してくる。目が既に慎吾の好きな子の事で興味津々だ。
「ねぇ、その子どんな子?美人?可愛い?年上?年下?ねぇ、教えなさいよ。」
「あぁ?どんな奴でもいいだろ。」
「そうはいかないわよ。」
忙しい私を呼びたした位だからしっかり話して貰うわよ!と沙雪は鼻息荒く慎吾に詰め寄る。
「わーった。わーった。言やぁいいんだろ。」
慎吾は諦めてタバコを、また一本取り出して口に咥える。火をつけて深く吸い込み、紫煙をゆっくり吐き出した。
「美人か可愛いか…どちらかつうたら…可愛いか?」
「何で疑問詞なのよ。」
「うるせぇ。でだ、たしか二歳年上だよ。」
「ふぅーん。年上ね。名前は?」
左肘をテーブルにつき、その手のひらに左の頬を乗せた沙雪が半分面白そうに聞いてきた。
「それは、言えねぇ。」
「何で!」
「ちょっと事情があるんだよ。」
苦虫を潰したように眉間に皺をよせてはぐらかそうとしたが、好奇心旺盛な沙雪には通じない。
「事情って…あんた、まさか相手は…既婚者!?」
「んな訳ねぇ!!」
思わず大声を張り上げ立ち上がってしまい、店内の注目をモロ浴びてしまう。すいませんと周りに頭を下げて声を潜めた。
「いくら俺でもそこまで落ちぶれてねぇよ。ったく。お前と話してると調子狂うわ。」
悪態尽きながらアイスコーヒーを飲むと一緒に氷を含みガリガリと齧る。
慎吾はテーブルに置かれたままの携帯に目をやった。
昼間に中里の携帯に連絡を入れてみたが、啓介に邪魔されて一方的に切られた。再度掛け直してみたけど、電源が切られているらしく全く繋がらない。
中里の部屋に突撃しようかと思ったが、昨日の今日だ。戸惑っている間に夕方になってしまっていた。
愚痴りたくなり沙雪を呼びたしたは良いが根掘り葉掘りでウンザリしだす。
「ま、慎吾が秘密というなら仕方ない。これ以上は聞かないよ。…で?どうする?諦めるの?」
沙雪の瞳の奥に怪しい光が宿った。
ーこいつ楽しんでやがる。
長年の付き合いだ。表情だけで大体わかってきてる。
慎吾は携帯と伝票を掴むと席を立った。
「そう簡単に諦めてたまるかよ。いつか俺がかっさらってやるさ。」
クリームソーダー奢ってやるよ。と言い残し席を去った。
そのまま峠に行こう。もしかしたら毅がいるかもしれない…淡い期待を胸にレストランを後にした。

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