頭文字D

□携帯
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気持ちの良い秋空だった。空に雲一つなくカラリとした空気があたりを包み込む金曜日。
ちょうど時間はお昼の時間。サラリーマンやOLが休み時間を利用して屋上でお弁当を食べたり雑談をしたり、一服したり、中にはバレーボールで体を動かしたりしているのもいた。
中里もその中の一人で、タバコを吸いながら同僚と雑談をしていた。
ふと上着の胸ポケットに入っている携帯が軽快な音楽と共に小さく震える。
中里の携帯は愛車GT-Rと同じ色で、もう既に5年近く使っており型遅れだが、本人は特に問題としてなく、むしろ使い慣れているので、機種変更する気も起きない。
同僚との会話を一度止めてそれを開くとメールが届いていた。
《今夜行ってもいいか?》
相手はちょうど昼休みに入っている大学生の高橋啓介。思わず小さく微笑む。
内容を読んでポチポチと返事を打ち返してパタンと閉じる。
「中里がメールだなんで珍しいな。」
「ちくしょう〜幸せそうな顔で返事しやがって!恋人か?」
早速2人の同僚が絡んできた。
「何っ!?中里に恋人だと?」
更にもう1人が会話に飛び込んでくる。
この3人は『花金飲み尽くそうの会』のメンバーで大柴信彦、林敬太郎、遠藤勝人という。
「くそぅ!車が恋人の中里が一番最後だと思ってたのによぅ!」
遠藤が悔しそうにすると林もうんうんと力強く頷く。唯一婚約者のいる大柴はまぁまぁと2人を宥めている。
「酷い言われようだな…おい。」
胸ポケットに携帯を戻しながら中里が苦笑いを浮かべた。
確かに昔は車が恋人と言われてもおかしくない位に走りに入れ込んでいたし、パーツにもこだわった。
通勤でも使っているから同僚にどんな車か見られているし、ナイトキッズのステッカーで走り屋だということも周知済みだ。
「どんな子だよ。可愛いか?」
「幾つだよ!」
「何処で出会ったんだよ!」
「バカ!中里は走り屋だろ。ほら、なんだったっけ。ナイトソード?」
「違う違う。ナイトバスター。」
口早に林と遠藤が詰め寄って来るが二人揃ってチーム名をモロ間違っている。
「ナイトキッズだ。ナイトしか合ってないだろ。間違えんなバカ。」
半分呆れながら中里が訂正した。
「そうそう。それそれ。そのナイトキッズのリーダーっていうぐらいだから、ギャラリーに来てる女の子じゃねぇの?」
「いや、もしかしたらメンバーの姉妹とか?」
「で?可愛いのか?」
「幾つだ?」
質問がまた最初に戻った。大柴もそこは興味があるらしく、追求はしてこないが目は興味津々である。
これは話しておかないと何時迄も絡んできそうだと予想した中里は分かった。言うから落ち着けと、まくし立てる2人を制した。
「一回しか言わないからな。見た目は可愛いというより綺麗系。歳は21。大学生だってよ。」
赤城レッドサンズNo.2の色男だけどな…と心の中で付け加えるのも忘れない。
「なにぃ!大学生だとぅ!」
「う…羨ましすぎる!」
その時、再び中里の携帯が鳴り震えた。さっき送った返事の返事だろうと携帯を取り出す。
「彼女か!?」
「何て何て?」
2人が中里の携帯に思わず飛びかかる。どうやら覗くつもりらしい。
それで幸せラブラブなら幸せのお裾分けで飯を奢らせようという魂胆だろう。
もう男子校のノリだ。
「わ!バカ!飛び付くな!」
右手に持った携帯を出来るだけ上に上げて避難させるが、男二人のタックルに耐えきれず思わず手放してしまった。黒い携帯は放物線を描いて屋上のフェンスを飛び越え7階下まで落ちて行きガシャンと嫌な音を立てた。
四人の顔面からサーっと血の気の引いた音がした気がする。下を歩いていた通行人に当たって無いだろうか…恐る恐る下を覗くと、幸い誰も通っていなかったので被害者は居なかったが携帯は見るも無残な姿になっていた。
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