頭文字D

□背中に目がある
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「お前知らないだろ。毅は背中に目があるんだぜ。」
いや、むしろ全身?と訂正した庄司慎吾の言葉に啓介は何言ってるんだこいつはと眉を潜めた。
アルバイトも終わり中里に電話を入れると妙義に上がってると言われ、職場から直で来たものの、愛する恋人は数名のメンバーに捕まって相談という雑談をしていた。
中里本人もFDのエキゾーストで啓介が上がってきたのに気付いていたが、なかなかメンバーが離してくれずグダグダと雑談に付き合っている。
慎吾の言葉に一般的に人間の視界は最大180度だろ、と考え自分もそうだし、アニキでもそれ位だよな…と啓介は顎を撫でる。
「信じてねぇだろ。まぁ、見てな。運が良けりゃ披露してくれるぜ。」
言われる通り視線を中里にやると、周りのメンバーに話しかけられて忙しそうにしているようにしか見えない。
本当かねぇ…と疑っていると、あそこ見ろよと慎吾に言われ指差す方に視線を移すと、駐車場の片隅でコンビニ弁当を開きゴミを散らかしている3人の男がいた。
それからあっちと指差した先には、白いワンエイティの影に隠れてエロ本、しかも、どこから手に入れたのか無修正を読みながらマスかいてるバカ2人。
どちらも中里の後方で、振り向かなければ見えない場所で、ましてや片方は車の影になってるから覗き込まない限り発見出来ない。
アレ見えねぇだろと啓介が疑心暗鬼になっていると、突然中里の大きな声が上がった。
「東!榊原!谷口!ゴミ散らかすな!ちゃんと後始末しとけよ!それからそこのワンエイティに隠れてる橋田と安藤!読むのは構わないがそういったのは家でやれ!」
5人ともその場で飛び上がり、慎吾はほらなと笑い、啓介は驚きでポカンと口を開けた。
「今の…振り返ってないよな?」
ポツリと呟くと、目玉すら動かしてないぜと慎吾が追加する。
その間も中里の進撃は進んでいた。
「榊、鈴木いい加減喧嘩は辞めろ!パーツの好みを押し付け合うな!それから秋口!嫌がるギャラリーをナンパするんじゃねぇ!」
「す…すげぇ。アニキでもあそこまで見えてないぜ。」
「ありゃもう一種の超能力だな。あんたも何かしら指摘されてるんじゃね?」
うん?と考えてみたが、まだ一度も後ろを見ないで指摘された事すらない。
「何だよ。言われてねぇのか。愛されてねぇな〜御愁傷様。安心しな、お前の後釜は俺がしっかり務めてやるからよ。」
「てめ!庄司!」
啓介の握られた右拳が上がった瞬間。
「啓介!慎吾!喧嘩禁止だ!」
今にも喧嘩になりそうだった2人に背中を向けたままの中里の怒声が降ってきた。

キッチンからコーヒーの入った瓶の開けられる音とマグカップの触れ合う音がした。
「しっかし、お前凄い特技持ってるよなぁ。何で見もしないで分かるんだよ。喧嘩は分かるとしても毅の場合名指しだし。」
ああ、あれかと中里は苦笑いを浮かべながら薬缶に水を入れ出した。
「あれ、どうやって個人が判別出来るんだ?」
「どうって…」
薬缶に火を掛けて立ち上がった中里は小首を傾げた。小さい頃から人のオーラが見えていた本人にとって、当たり前にできる事だから疑問にも思わなかった。
どのみち、オーラと言っても大抵笑われるだけだ。
「カン…か?」
いや違うなと中里は首を捻る。
音を立てずにコッソリ立ち上がった啓介は、足音を忍ばせて中里の背後に立つ。
もし目があるなら気づくだろうと…短く刈り上げられているうなじにそっと唇を寄せた。
「な、な、な、な、何しやがる!」
うなじを両手で隠し防御の体制を取りながら中里は振り返った。
「今のは気付かねぇのか?」
峠では気付いてくれたのに…と啓介が唇を尖らせると、ポカンと一瞬した中里が真っ赤になって俯いてしまった。
「俺、愛されてねぇの?」
「ちが…そうじゃなくて…その…」
少し目を泳がせてから啓介を見る。峠での走り屋中里毅では無く、一般市民の中里毅。
目から威圧感は無くなり可愛いという印象しか残らなくなる。
「2人きりだと…余裕がねぇからだよ。」
聞き取れないような小さな声でポツリと呟き、恥ずかしさでそのままトイレに駆け込んでロックされた。
その横顔は真っ赤になってて、取り敢えず落ち着くために1人になりたかったのだろう。鍵の着いた個室に籠城されて手は出せないが、絶大に愛されていると気付き啓介はガッツポーズをとった。

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