頭文字D

□私はあなたの…
1ページ/4ページ

「うがぁぁ!さっびぃぃぃ!」
12月も残す所、後5日…妙義ナイトキッズのメンバーは本年度最後の集まりをしていた。
誰が言いだしたわけでもないが、27日になればメンバー全員が自然と駐車場に集まり、今年はこんな事があったなぁと、一年を振り返り、来年はこのパーツ付けるとか、タイムを何秒縮めるとか、彼女を作るだの抱負を語り出す。
誰が持ってきたかは知らないが、側面と上に穴を開けた一斗缶数個と薪が当たり前のようにあり、それに火をくべて周りを囲んでメンバーは暖をとっていた。
その輪から少し離れて、庄司慎吾はダウンジャケットに包まって着膨れた中里毅の側で足踏みをして体温を上げようと奮闘していた。
「薄着で上がってくるからだろ。」
見てるこっちが寒くなると、中里は寒さで小さく肩を震わせた。
黒いダウンジャケットにモスグリーンのコーデュロイパンツを履いた見た目にも暖かそうな格好をした中里に対して、慎吾はネイビーとレッドのツートンカラーのマウンテンパーカーに穴の空いたデニムという寒々しい格好だ。
「うるせぇ。こちとら寒さで着膨れるポリシーは無いもんでね。」
「ポリシーだかポッキーだか知らねぇが、それで風邪ひいてたら元も子もねぇだろうが。」
ハァとため息を吐いて眉間を左の親指と人差し指で揉む。寒さで剥き出しの耳が赤くなっていた。
「毅さーん。芋焼けましたよ、芋!」
火を囲んでいたメンバーから歓喜の声が上がり、一人が枝に刺した焼き芋をかざして小走りで寄ってきた。
「どこのバカだ。焼き芋始めたのは。」
慎吾が憎々しげに顔を歪める。
「榊っすよ。何か芋たくさん送られて来たからって。」
枝に刺した芋を抜いてアチアチと芋を左右の手で交互にキャッチしなが中里に差し出し、芋の入った箱から追加を出している榊を顎で差した。
貰った焼き芋を器用に半分に割った中里は、半分慎吾の前に食えと差し出す。それを受け取った慎吾も素直にかぶり付き、アチチと口をハフハフさせる。
胃の中がジンワリと暖かくなる。
「あーうめぇなぁ。」
「谷口、もう2つとって来い。」
寒さに震えていた慎吾はあっという間に食べ終わり谷口を焼き芋の所に走らせた。
手の中の熱い芋をもう一口と噛り付いてる中里のダウンジャケットの右ポケットに入れていた携帯が震えた。
食べる口を休めず携帯を出して開いた中里の眉間が少し寄せられて小さな皺ができる。
着信相手に出るか出るまいかで悩んでいる横顔を慎吾がチラリと視線を送った。
「出ねぇのか?どうせ赤城のカレシだろ?」
「いや…啓介じゃない。」
おいおい、カレシってトコは突っ込まねぇのかよ…と中里の手元の携帯を覗いた慎吾は見慣れない着信相手に片眉あげる。
「こいつからの電話は大抵面倒ごとなんだよなぁ。」
だけどなぁ…と唸りながらも通話ボタンを押す。
「もしもし、何の用だ?」
『やぁっと出た!遅いよ!もう!』
大きな声に中里は思わずスピーカーを耳から遠ざける。
その声は隣の慎吾にまで聞こえた。相手は可愛らしい声の女のようだ。
ー誰だ?
ワイワイと賑わっているので煩くて聞き取れないのか、中里は少し離れて行く。
その後ろ姿を見ているところへ谷口が新しい焼きたての焼き芋を持ってきた。
「あれ?毅さん電話っすか。」
「おう。芋寄越せ。」
谷口の持つ芋を左右見て大きい方を取り上げる。
皆に背中を向けて話す中里がはぁ!?と大きな声をあげた。
「ちょ…ちょっと待て!何でお前はそうやってハードル上げるんだ!…いや、だからだなぁ…って、何処だと?…待て待て、俺上がってるぞ?……はぁ?降りて来いだぁ!?」
最後の方はもう殆ど叫んでいた為にメンバーの注目を集めてしまっていた。
「……1カートンな。…ふざけんな、本当なら2カートン買わせるところだぞ。…分かった、分かったから…冷えるから車の中で待ってろ。バカ、女は体冷やすな。すぐ降りる。」
通話を切った中里はポケットに携帯を戻すと後頭部を掻き毟りながら慎吾の横まで戻った。
「悪い。俺先に降りるわ。急用が入った。」
谷口から新しい焼き芋を受け取り反対のポケットからGT-Rのキーを取り出す。
これからは雪が本格的に降り始め、峠が静かになる時期だ。メンバーとココで会えるのは春になってからになるだろう。
火の周りに固まっているメンバーの所に行き、年末の挨拶を済ませてその場を離れた。
「アイツ来るのか?」
焼き芋を食べながら慎吾が近くまで戻ってきた中里に声をかけた。
「あーそうだった。連絡入れないと…」
「来たら急用で帰ったって言ってやるよ。嫌がらせでガソリン多めに使わせてやる。」
「おい…嫌がらせすんな。自分で電話するよ。」
「誰か知らねぇけど急用なんだろ?電話する時間無いかもしれねぇし、アイツが運転してたらどのみち出ないべ…伝えてやるから大船に乗ったつもりで行け。」
「大船?お前なら泥舟だろ。まぁ…頼むか。余計な事だけは言わないでくれよ。」
しっかり釘は刺しておいたが、そこは信用ならない。あの慎吾のことだ。何かしら余計な一言を言いかねない。
「へいへい。」
バグンと重厚なGT-Rのドアが閉じセルの回る音がしたのち、黒いマシンは咆哮を上げて冬の峠を下っていった。
残された谷口は「彼女っすかね?」と慎吾に訪ねてきたが、芋を頬張っていた慎吾は何も言わず谷口の後頭部を平手で叩いた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ