頭文字D

□嘘から出たまこと
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『悪りぃ、俺今年は田舎に帰省。』
『すいません!家族旅行なんです。』
『いや〜最近彼女出来てさぁ、初詣デートするんだよ。』
『熱出ちまって…』
『お袋が入院してさぁ。』
『嫁さんが赤ちゃん産まれそうなんだよね。陣痛始まってさ〜』
『スキーで足折って動けないっす…』
一年最後の31日、暖かいリビングの三人掛けのカウチソファーに浅く腰をかけていた高橋啓介は、手に持っていた携帯を葦毛の長い絨毯の上に落としかけた。
毎年31日は暇な赤城レッドサンズのメンバーが当日連絡を取り合ってから待ち合わせ場所に集まって、初日の出を拝みに千葉まで遠出していたのだが、今年はどういうことか、メンバー全員という全員が何かしら用事が入ったりしていた。
「もしかして…暇なのって俺だけ?」
ポツリと呟きショックの為軽い放心状態でいると、二階からポーターの黒いボストンバッグを右手に下げ、左腕に白のジャケットを掛けた高橋涼介が降りてきた。
「啓介?」
声をかけられて啓介の肩がピクっと反応し、兄の方をアーモンド形の目が向けられる。
その視線は兄の顔からボストンバッグで止まり小さく右に首を傾げた。
「あれ?アニキどこか行くのか?」
「言って無かったか?これから二泊三日で拓海と伊豆へ出かけるんだが…」
「ええええ!聞いてねぇよ俺!」
「そういうお前は毎年恒例の初日の出を千葉までメンバーと見に遠出するんだろ?」
「今年に限り全員不参加で中止〜」
軽く肩をすくめてからソファーの背もたれに体を投げやると、兄の眉間が浅く寄せられ、それは困ったな、と続けた。
「親父とお袋は仕事で帰れないし、長谷川さんは三ヶ日まで休みだ。」
「えっ!長谷川さん休みなの!?」
「緒美の所は昨日から湯布院に行ったしな…」
「湯布院ってどこだっけ…長崎?」
「大分だ。」
あーなるほどねと納得している啓介を尻目に、さて…どうしたものかと涼介は顎に左手を添えた。
いくら成人男性とはいえ21年間衣食住を共にしてきた可愛い我が弟だが、放っておけば食事無しで一日中でも寝ていれる男だ。かと思えばまともに睡眠も取らずに平気で2、3日程活動をしていたりする。
そんな弟を置いて拓海との旅行を心から楽しめるであろうか。
ーーーー否。
置いて行こうものなら心配で気になって気になってそれどころでは無くなってしまう。
目の前のカウチソファーに座る我が弟は、のんびりと欠伸をしてからガラステーブルの上に置いていたタバコに手を伸ばして一本口に咥えた。
「まぁ…しゃぁねぇか。毅は実家に帰省してるし、今年は大人しくしてる事にするか。」
カキンと音がしてジッポライターの蓋が親指で上げられホイールが擦られる音が続いた。オレンジの火が上がりタバコがジリと焼ける匂いがする。
「飯はコンビニで買えばいいし、何とかなるなる。」
だからアニキは安心して行ってこいよ、と言われるが、不安でそうだなと涼介は即座に言えなかった。
再びアゴを左手で撫でてはたと妙案に涼介は気づいた。
携帯を取り出しながら、啓介、と声をかけると、啓介は紫煙を吐き出しながら顔だけ涼介に向けてきた。
「今すぐ二泊三日出来るように準備しろ。」
「え?俺アニキと藤原のお邪魔する気はこれっぽっちも無いけど…」
「誰が伊豆に連れて行くと言った。いいから何も聞かずに用意しろ。」
携帯を操作しながら指示する涼介に素直に従い二階へ駆け上がった啓介は、まずこの、自分には至って普通の、他人からはカオスと化した部屋からスポーツバックを探す作業から始めた。
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