頭文字D

□とうふ店のとある風景
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真っ白い雪が降り続く土曜日の深夜3時、秋名山に黒のGTRが唸りを上げてダウンヒルとヒルクライムをただひたすら黙々と繰り返していた。
金曜は妙義、土曜は秋名、日曜は赤城とローテーションを組んで中里は各峠を走り自分の精神鍛錬とスキルアップを測っている。
先週の日曜は赤城でちょうどダウンヒルをしている啓介とすれ違った。
車体を包むオーラがまた一段と力強くなっているのに少しの焦りを感じる。
上の駐車場で熱い缶コーヒーを飲みながら帰宅前の一息していると、啓介も上がってきてGTRの横にFDを付け、同じように缶コーヒーを飲み始めたので暫く話をした。
啓介から軽くヒルクライムでバトルしないかと提案されたが、残りのガスも少ないからと断ったら今度は身体を求められた。さすがに明日は仕事だと再度断ったが、鋭い視線に絡めとられ、暖房が効いた狭いFDの中で身体を彼方此方にぶつけながらも抱かれてしまった。
車外に出てから一服しつつ思い出し、人知れず中里は赤面してしまう。
誰も居なくて良かったと一息吐く。
チラチラと舞い降りてくる雪を眺めながらGTRに凭れ、体に伝わる振動を楽しみながら、根元近くまで吸った吸い殻を携帯灰皿に押し込みそろそろ帰ろうかなと思案していると、聞き慣れた音が中里の耳に届いた。
カーンと気持ちの良い音を響かせて上がってくる車を待った。その音に中里は一人の青年の顔を思い浮かべる。
いつも眠たそうにぼんやりとした、自分と付き合っている男の兄を彼氏に持つ、まだ高校生の藤原拓海だ。
最後の長いストレートに入り、藤原とうふ店と書かれたパンダトレノが、GTRと中里を無視するかのように走り抜けていく。
それを見送り流れるオーラの残骸を眺める。
啓介もそうだが、拓海もさらに力強いオーラを纏うようになっていた。
詰めていた息を吐いてからもう一本タバコを箱から引き出し火をつけ、ハチロクの過ぎ去った方向に顔を向ける。
下りのハチロクを見送ってから帰ろうと思い待つことにした。
再びカーンという良い音をたてながらストレートに侵入してきたハチロクはそのまま抜けて行くかと思いきや、中里の前でスピードダウンして停車した。
キコキコと窓を開けて眠そうな表情の拓海が顔を出し、あれ?と声をかけて来る。
「よう。早くから配達お疲れさん。」
「どうしたんですか?こんな朝早くから。」
「昨日の11時過ぎからずっとここで走り込んでてな。さすがに夜通しは腹も減るし、眠気も限界だ。」
欠伸をしながら目頭を左手で揉み、そろそろ帰って寝るつもりだ。と呟く。
「でしたら…俺の家で仮眠取ってからにしませんか?そのまま帰るのは危ないですよ。」
「いや、それはさすがに。」
「事故られて啓介さんに恨まれたくないですし。あの人中里さんに対しての執着心半端ないから。」
「それを言うならアニキの方も相当なもんだぜ。」
確かにそうですね、と拓海が笑うと中里もつられて笑う。
「そうだ。ついでにウチで朝ご飯も食べて行って下さいよ。」
作りたての豆腐で親父が味噌汁炊きますよ。そう言われてクリスマスの時に頂いた豆腐の味を思い出した。
あれ美味かったなぁ…と口の中に唾液がジュワッと湧いてきた。
「じゃあ、少しだけ休ませてもらおうかな。」
タバコを携帯灰皿に入れ体をGTRから離すとドアを開けて、靴のつま先をトントンと雪に埋れたコンクリートにぶつけて、靴の裏に張り付いた雪を落としてから中に乗り込む。
「先行しますからゆっくり着いて来て下さいね。」
眠気が限界近い中里の為に気を使って峠を至ってごくごく普通に降り始めた。中里もその気遣いをありがたく受け取りゆっくり付いて行った。
時々目をこすりながら着いた先は藤原とうふ店と看板のかかげられた店舗兼住居の前。
拓海に誘導してもらいハチロクの横に駐車していると、店舗の方から拓海の父親文太がタバコをくもらせながら出てきた。
「どちらさん?」
「あ…えと…早朝から申し訳ございません。拓海君と前に一度バトルさせて頂きました、妙義ナイトキッズの中里毅といいます。」
慌てて車外に出て深く中里は頭を下げた。慣れた動きに仕事はサラリーマン辺りかと文太は予想し、咥えていたタバコを一旦口から外した。
「こりゃご丁寧に。」
「親父、この人がクリスマスの時にお世話になった…」
そこまで言って文太は、あぁと頷いた。
「この前はウチの息子がお世話になったみたいで…」
「いえ、此方こそ美味しい豆腐を頂きまして、とても美味しかったです。」
店舗先で頭をお互い下げつつ会話をする二人に、豆腐を入れていたケースを下ろした拓海は横目で見ながら店舗に一旦入る。
「親父、中里さん走り込みで寝てないらしいからそれ位に…」
文太は拓海に顔を向けてからふーんと鼻を鳴らした。
「仮眠だったら一階の部屋で寝かしてやりな。布団は仕舞ったからコタツになるが。」
「すいません。少しお邪魔させて頂きます。」
拓海に連れられて家の中に入ると大豆のいい香りに包まれた。
靴を脱いで部屋に上がるとコタツに入るように勧められる。尻ポケットに入れていた携帯電話とGTRのキーをコタツの片隅に置かせてもらっていると、拓海が座布団を半分に折って持ってきた。
「これ、枕代わりにして下さい。」
「悪いな。」
受け取り横になってそれに頭を載せる。知っているとはいえ他人の家、しかもコタツで横になっている事にいこごちの悪さを感じたが、一睡もせず走って神経も磨り減っていたのだろう。ものの数分で深い眠りの海に沈み込んだ中里はそれから9時過ぎまで目を覚ます事が無かった。
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