頭文字D

□睡眠と朝ごはんと遅刻寸前
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深夜二時…
ハードな残業でクタクタの体を何とか二階の自室の前まで動かし、眠気でボヤける鍵穴と少し格闘後、やっと開いた玄関をくぐり、半分潰れた目を擦りながら革靴を脱ぎ捨て、朝から首を絞めているネクタイを緩めながら洗面所に直接向かう。
ジャケットを脱いで一瞬考える。スーツはもう一式あるからクリーニングに出すか…と決め、洗濯物入れではないもう一つのクリーニング用のカゴに入れた。スラックスも同じように入れて、ワイシャツと靴下は洗濯カゴに放り込む。
下着だけの姿になり洗面台に体重を預けて、目の前にある鏡を覗いた。
鏡の中には疲れた男の顔が映る。パソコンの画面をにらみ過ぎたせいなのか、白目の部分が赤く充血していた。
深くため息を吐き出して、疲れた…と呟く。
そのまま寝てしまいたい衝動にかられるが、シャワーだけでも浴びてスッキリしてしまいたい。
意を決して素肌になり風呂場に入る。
ヒンヤリした空気が素肌を撫で鳥肌が立ったが一気にシャワーを回して熱いお湯を真っ先に出す。温度を調整してから手早く全身を洗い浴室をさっさと後にした。
冷えてしまわないよう素早く体を拭いてから下着を身に付け、スエットのパンツを履き、まだシットリしてる髪を乱暴に拭きながら台所に向かう。
小さな冷蔵庫を開けて中のミネラルウォーターのペットボトルを掴んだ時、男は自分が入れた記憶の無い弁当が二つ入っているのに気付いた。
むしろ、買った記憶すらない。
だが眠気で全く頭が働かない…
ペットボトルの蓋を開けて中身を半分程一気に飲み干してから一息つく。
考えるのを辞めにしてもう寝てしまう事にした。
ベッドに向かいながら目覚まし時計を目をやるともう二時半を過ぎていた。
今から寝れば最低四時間は眠れる。
目覚まし時計のタイマーがかかっている事を確認して、ベッドに入ろうとしたところで、布団が人型に盛り上がっている事に気付きギョッと目を見開いた。一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。
誰かが寝ている…
そっと覗き込むと色素の抜けた、ほんの少しだけプリン状態になっている頭が見えた。
嘘だろ?と口の中で呟いてからもう少し布団をめくって顔を覗き込む。
綺麗な顔が眠っていた。
「け…いすけ?」
思わず言葉が漏れた。
残業でいつ戻れるか分からないから、今夜は来るなと確かに連絡を入れた筈だ。なのに、なぜここにこの男が寝ているのか。
幻を見ているのだろうかと、不審に思い、眠る男の頬にそっと触れる。
温かい。現実だと確認できた。
ようやく冷蔵庫の中の見知らぬ弁当は啓介が買ってきた物だと納得した。
触れたせいなのか、眠っている男の眉間が少し顰められて、アーモンド型の瞼がうっすら開く。
鳶色の瞳が瞼から覗き、男の戸惑った顔を捉えると、うっすら笑ってユックリ、気怠そうに腕を伸ばして来た。
「おかえり…毅。」
そのまま腕を掴んで男…中里毅の体を布団の中に強引に引き摺り込み、抱き枕よろしく長い手足を巻き付けた。
「お…おい…」
突然の事に動けず抗議をしようとしたが、ギュッと強く抱きしめられて次が告げなくなった。
「お小言は…明日聞くから、今は…寝ろ…よ。」
語尾が段々と小さくなって、後は寝息しか聞こえなくなった。
そうだ。朝になればまた出勤しなくてはいけない。少ない貴重な睡眠時間だ。
軽くため息を吐いて中里も目を閉じると、驚きで遠ざかっていた眠気が一気に襲ってくる。
全身から次第に力が抜けて瞼がゆっくりおりてきた。最後に感じたのは自分を抱きしめる男の良い香りだった。
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