HQ

□俺が烏野高校を選んだ訳
1ページ/2ページ

「そういえば、西谷さんって、中総体でベストリベロ賞を貰ったんですよね?」
部活も終わり、全員揃って部室で着替えていると、影山がふと思い出したようにTシャツを脱ぐ手を止めて俺を見た。
「あぁ。そういや貰ったな。」
俺にとってそんな大したモノとは思っていない。努力が実り、それが認められたということだとしか認識してないからだ。
「おおおおおお!すっげぇ!ノヤっさんすっげー!」
翔陽が目をキラキラさせながらパンツ一丁で側に駆け寄ってきた。そんな風に感激されると気分も良いもんだ。
「ふふん。まぁな。」
「じゃあ…どうして烏野に?」
「?」
影山の言葉が少し理解出来ずに首を傾げる。
「いや、西谷さんが制服と家から近いってので選んだってのは聞きましたけど…そういった賞を貰ったってことは推薦もありましたよね?」
「…そういやあったな。そんなの。」
サラリと言ってやるとメンバー全員が「えええええええっ!」とデカイ声を上げて俺に集中した。そういえば誰にもそんな話してなかったな。
「ど…何処からです?」
グイッと影山が近づく。
「あーっと…どこだっけ…」
少し頭を捻る。二年前の話だ。記憶の片隅に追いやられているハズ。
「たーしーか…」


俺が烏野高校を選んだ訳…
中学三年の時、中総体でベストリベロ賞を輝かしく取った俺には白鳥沢や青葉城西、伊達工などの強豪高校から幾つか推薦が来ていた。
少し遠いし制服がブレザーだけど、選ぶなら一番の強豪白鳥沢がいいかなと考えている中、いつもクラスでつるんでいた真壁と道成が近くの烏野高校の見学会が土曜日にあるから一緒に行こうぜと誘って来た。
あまり乗り気ではなかったけどとりあえず家から近いという魅力だけに惹かれてついて行くと、まず黒の学ランと女子の制服の可愛さに大きく心が揺らいだ。
ブレザーじゃなくて学ランだぜ。学ラン!しかも真っ黒!そしてメチャクチャ可愛い女子の制服!
俺の憧れの制服がこんな近くにあった。
というか、強豪全ての推薦を蹴ってでも烏野高校だろ!ってなってよ。まぁ…うん。入試試験は大変になるだろうけど…
俺的に後チェックを入れるところはバレー部だ。
学校から配布されたパンフレットの中にクラブ活動している場所が書かれてたから、バレー部が活動している場所を確認して、真壁と道成に断ってから第二体育館に付き合ってもらった。
やってないかな?と思いつつ目的の第二体育館に着くと、シューズが床を踏みしめるキュッキュッて音とダーンというボールが叩きつけられる音が響いた。
半分開いた扉から体育館を覗くと、片隅でグータラと座り雑談をしてバカ笑いをしている多数の上級生がまず目に入った。
休憩中かと思ったが、周りにコーチらしき人物も顧問らしき人物も見えないし、奴らの足元に広げられているスナック菓子からして、ただサボっているだけの
ようだ。
一瞬で幻滅した。
それだけで夢の学ランと可愛い女子の制服がどうでもよく感じられた。
こんな状態の バレー部でバレーはやりたくない。俺は真剣にバレーをやりたいんだ!
やっぱり白鳥沢…かな…
でも、さっきのシューズとボールの音は誰だったんだろう。
コートの方に目をやると、そこには三人の先輩がいた。
左目の下に泣き黒子のある優しげな先輩が綺麗なフォームでトスを上げる所だった。それに合わせて一番背の高い、顎に少し髭を残した先輩が走り出す。
ネットの反対側にいる先輩は身体を沈め、打ち込まれるスパイクに対する姿勢を取る。
髭の人が飛んだ…大きな体が高く空を飛んだ。
獲物を狙うような目つきに背筋が粟立った。
ボールの芯を確実に捉えた音…そして、それを拾った肉とボールのぶつかる派手な音…
強く弾かれたボールは返球に失敗し、左斜め後ろに…つまり、俺が覗いている扉の方に飛んできた。
あのスパイクを受けてみたい…
思わず身体が反応した。足を踏ん張りグッと身体を沈め、腕にボールが触れた瞬間に勢いを殺す為に少し腕を引く。
タンと静かな音を立てて再びボールが上がり放物線を描いてコートの中へと吸い込まれていった。
ボールはさっきレシーブ体制を取っていた先輩の手元にスポンと収まる。
さっきまで雑談していた先輩達も口を閉ざし静かになってしまって…
やべぇぇぇ!
「だ…だ…だ…大丈夫?君?」
髭の人がアワアワしながら走ってきた。
さっきのボールを睨みつける迫力は何処かに消え、ヘニャリと下がった眉毛と情けない猫背。
なんだ…このギャップの差は。
これがさっきのスパイクを打った人なのか?
「はぁ…大丈夫っス。」
俺が答えると髭の人は安心したように大きく安堵の息を漏らした。
すると、レシーブの人も泣き黒子の人も寄ってくる。
小柄な俺は三人を見上げるように少し顎を上に上げた。
「来年の新一年生?」
泣き黒子の人が優しく笑った。
「さっきのレシーブ凄く綺麗だった。ウチに入学?」
レシーブの人も笑う。あれ?この人何処かで見たことある。何処だっけ?
頭の中の引き出しを開けてみるけど、途中で諦める。頭の悪い俺が咄嗟に思い出せないものは、どんなにウンウン唸っても出てこないのは自分で実証済みだ。
「や…まだ決めてないッス。」
「そうかぁ。」
レシーブの人が少し残念そうに笑ったが、髭の人を見て二マッと悪戯そうに笑うと俺の肩に手を置いた。大きな手だ。
「せっかくだから、うちの時期エースのスパイクを一本受けて行くか?」
「えっ!?」
ビックリして髭の人を見てしまう。
「お、おい。そんな勝手な事をしたら先輩達が…」
「構うもんか。どうせあの人達は居て居ないようなんだ。」
悪そうに顔を歪めたレシーブの人に髭の人は後退りをした。
どんだけヘタレなの…この人。
俺の後ろで待機してる真壁と道成に振り返ると、二人は時計を指して困った表情を浮かべていた。
多分後少して集合時間なのだろう。
だけど、一本。一本だけあのスパイクを受けてみたい。
人差し指だけ立ててお願してみると、二人は仕方ないなぁとため息を吐いた。
悪いな。バレーバカに付き合わせて。
「一本だけお願いしあーす!」
ブレザーと手荷物を友達に手渡して上履きを脱ごうとしたら、危険だしそのままで上がってと言われ言葉に甘える。
コート内に立ちグッと重心を下げて構えると、片隅でダベっていた奴らが野次を飛ばす。
「何、あのおチビちゃん。」
「小学生ですかぁ?」
「やめとけ、やめとけ。そいつのスパイクはそう簡単に受け切れねぇよ。」
「泣かされる前に帰れよ〜」
ドッと笑いが起きる。不愉快な奴らだ。
無視して泣き黒子の人に「お願いしあーす」と声をかけると、うんと頷き軽やかにボールを上げた。
そしてタイミングを合わせ髭の人がスタートを切る。
ギュッと踏みしめる音がしてあの大きな身体が宙を舞った。
全力のフルスイングから弾き出されたボールは、真っ直ぐ俺に向かって飛んできた。
いつものように腰を下げ、重心を更に安定させてボールに触れた…瞬間。
ー何だコレ…重い!
腕にのし掛かって来た重さは今まで体験した事のない物だった。
親戚で大学に通う従兄弟がいて、一度キャンパスに連れて行ってもらい現役大学生のスパイクを受けた事があったけど、それとは比較出来ない程重かった。
ブワッと全身から汗が吹き出すのを感じてペロリと唇を舐める。
身体は反射し更に重心を下げ、腕は重さに負けて曲がらないようしっかり固定する。
派手な音を立てた。
腕にヒットしたボールは勢いを全く殺せず高く上がり、相手コートまで戻っていってしまった。
思わす舌打ちをする。
返すことで精一杯だった。腕は痺れてジンジンとする。
ダメダメだなとため息を細くしたが、周りの人間は「おぉ」と短く感嘆の声を上げた。
「凄いな、君。あいつのスパイクを打ち返すなんて。」
レシーブの人がビックリした顔で俺の肩に手を置いた。
俺としてはセッター位置に戻せなかったことが不満だ。
「ウチに欲しいなぁ。君、名前は?」
「あ…俺、に…」
「ノヤ!時間ギリギリ!」
道成が声を上げた。ヤバイ!早く戻らないと引率で来てる担任がブチ切れる!
「ありがとうございました!失礼しあす!」
名乗るのも忘れ、勢いよく頭を下げてから、とにかく体育館外に向かって走った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ