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□自覚無しとは恐ろしいものだ
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ピロン…
部活の終わった日曜の午後、俺の部屋のローテーブルの上に置かれていた西谷のスマホが着信音をたてた。
指定席…つまりは俺の胡座の上に腰を下ろしていた西谷はチラリと液晶画面を覗いてから月刊バリボーにまた目を戻した。いつもシャキシャキしている彼が少し気怠そうに凭れてくるのがまた萌える。
西谷の体重を胸で感じ取りながら俺は参考書のページを一枚めくった。
幸せな時間だ。
部活が終わって坂ノ下で肉まんを食べて小腹を満たし、そしてそのまま西谷を家に招待してカレーでお昼ご飯を食べる。
腹が満たされたら今度は俺の部屋でマッタリ。
汗をかいたままだと体が冷えるからと途中でシャワーに交代で入って…
お泊まり用に西谷の下着だけでも置いてて良かった。シャツもハーフパンツも汗で湿っていたからそのまま洗濯機で回したので、着替えが無い。だから俺のシャツを一枚出してやった。
ハーフパンツもあったけど、どう見てもウエスト周りが合わない。困っていると西谷は、「男同士ですし、上だけ貸して貰えたら十分ッス。」と…
もうね、女の子の彼シャツ状態ですよ?
俺がデカイからってのもあるけど、シャツ一枚でミニのワンピース風って…襟ぐりも広く開いて鎖骨がモロ見えですし。
正直…生殺し状態。
だって!今日は夕方から両親が飲み会に行くとはいえ、まだ家に居るんだってばぁ!
ピロン…
あ…また鳴った。
ピロン…
ピロン…
ピロン…
ピロン…
随分連続で鳴るもんだ。俺と西谷のユックリした時間を邪魔する気だろうか。
ピロン…
ピロン…
まただ。だけどチラリと西谷は携帯を見て、手に取ろうとはしない。
他人の携帯とはいえ、さすがの俺も気になってきた。
緊急連絡網じゃないのかとさえ思える。
「西谷…さっきから鳴ってるけど…」
「ですね。」
「ですねって…」
「親だったら返事しますけど、仲の良いクラスメイトが集まったグループのLINEですし…どうせ内容も大した事も無いでしょうし、後で読んでおきます。」
「でも…」
パタンとバリボーを閉じた西谷が上目遣いで俺を見上げてきた。
大きな猫目がジッと見つめてくる。
「気になりますか?」
気にならないと言えば嘘になる。
「だ…だって、緊急な連絡だったら…」
「それだったら電話がかかってきますよ。」
「そうかもしれないけど…」
はぁ…と深い西谷の溜息が聞こえた。
少し体を浮かせてスマホを取り、相変わらずピロンピロン鳴るソレを俺の手のひらに乗せる。
「気になるようでしたら見てもいいですよ。」
俺は手のひらに乗せられたスマホを困惑しながら眺めていると、西谷がパスコードを入れる。
0101
まさかの俺の誕生日で鼓動が早くなった。西谷のすることなすことに毎回ドキドキだ。
画面が切り替わり待ち受け画面に移る。音駒と練習試合した時に、両チームの選手全員で体育館前で並び記念撮影したやつだ。
俺の横で満面の笑みを浮かべた西谷がいる。
じつは俺もスマホの待ち受け画面を同じ写真にしている。俺と西谷が烏野バレー部に戻って最初の他校との練習試合。
忘れられない時間。
サッと画面が切り替わった。
某茶色のクマが画面の端々にうつり、真ん中に既読に切り替わった吹き出しが羅列していた。
画面を下にスライドして、読んでない場所まで西谷が動かして、またバリボーを手に取った。
「え?西谷は読まないのか?」
「旭さんが読んでおいてください。俺はバリボー読みながら旭さんにくっつくので忙しいっスから。」
な…な…何でそう恥ずかしげもなく言えちゃうかなぁ!っていうか、くっつくのって忙しくないよね?
さっきよりもグッと体重をかけてくる。
右手にスマホ、左手に参考書…仕方なく参考書を傍に置いて、見ることの許可を頂いたスマホを改めて握り直して西谷の読んでいるバリボーの前に出す。
「旭さん。スマホが邪魔です。」
「うん。でも西谷のだから一緒に読もうよ。」
またため息が聞こえた。
首を捻って俺を見上げた大きな目がスウッと半分閉じられる。
「どうせ大した事は書かれてませんよ?俺はそっちより旭さんとの時間を大事にしたいんスけど…」
「うん。でもこう何度も鳴られると…こう、気になって…それに、いくら見て良いっても俺が一人で見るのもどうかと思って…ごめんな。」
シュンとなって俺を見上げる西谷のおでこと自分のおでこをコツンと当てる。
「仕方ないですね。」
クスクスと西谷が笑い出して開いたままだったバリボーを閉じてローテーブルの上に置いた。
「じゃあ一緒に見ましょうか。」
二カッと何時もの笑みを浮かべて座り直し、二人でスマホを見始める。

ーーーーーーーーーーー
紀彰<やっぱり女の子の可愛さは【てへぺろ】だろ

正伸<何が?

悠生<つか、古いだろ

晶<何がどうした

紀彰<俺の彼女の話だよ!

享<うあ、リア充爆発してしまえ!

悠生<消えて無くなれ!

正伸<はい、かいさーん!

龍樹<しゅーりょー!いやっふー!

紀彰<ひでぇな!お前ら!

享<知るか!

紀彰<【てへぺろ】可愛いじゃんかよ!テヘッて笑ってペロだぜ?萌えだろ!

晶<一人でペロペロしてろ

正伸<俺の萌えはピンヒールを履いたお姉様だ!踏まれたい!

泰則<誰もお前の萌えを聞いて無い

享<変態ハッケーン!

紀彰<真面目に聞いてくれよ

晶<嫌だ

泰則<却下

享<断固拒否する

龍樹<だが断る

正伸<無駄無駄無駄無駄ぁ!

悠生<多数決により拒否されました

紀彰<ひでぇよ、お前ら…西谷ぁ!お前は俺の味方だよな?な?

紀彰<西谷?

紀彰<おーい

悠生<見てないんじゃね?

紀彰<俺の味方は居ないのか…クスン

晶<アキラメロ

紀彰<何でカタカナなんだよー!
ーーーーーーーーーーーー

「ね、大した内容じゃないでしょ。」
読み終わり俺は小さく頷いた。確かに全くもって普通の会話。緊急性も無ければ嫉妬するような内容でもない。というより、男子高校生のたわいも無い、至って普通の会話。
「読んじゃったんで返事しますね。」
俺の手からスマホを抜き取り親指をスライドさせ始める。
【てへぺろ】かぁ…確かに一時期クラスの女子がよく言ってたな。
そういえばと、真剣な顔して文書を打ち込んでいる西谷の口元をコッソリ盗み見る。
この小さな守護神はよく口元を舐めるのを思い出した。
【てへぺろ】というより…
「エヘぺろだな。」
「は?」
西谷が振り返った。
あ、しまった…思わず口に出してた。
「エヘぺろって…何です?」
訝しそうに眉間にシワを少しだけ寄せて俺を下からにらみつけてくる。
「何スか?それ。」
なかなか答えない俺の態度に眉間のシワは一向に消えない。
「いや、あの…ほら、西谷ってよくレシーブの練習中とかに唇舐めるよなぁって思ってさ。それって【てへぺろ】ってやつより【エヘぺろ】って感じかなって…オモイマシテ…」
あぁ、と西谷が頷いた。
「確かにそれ、癖ですけど…何処にもエヘの要素は無いっすよ。」
スマホをマナーモードに切り替えてまたローテーブルに載せる。
クラスメイトを完全放置プレイに決めたようだ。
再びバリボーを開き新しく発売されるバレーシューズの特集を見始めた。
俺も参考書を見るのをやめて、西谷の肩に顎を乗せて一緒に見ることにした。
二人でこれがかっこいいとか、さすがに高いよなぁとか話していると、「ちょっと、旭〜」と階下から母さんの声がした。
「何!?」
西谷が指定席に座ったままなのでその状態で対応する。
「母さん達今から町内会の飲み会に行ってくるから後のことお願いね。夕飯は用意出来てるから温めて食べてちょうだい。」
「分かった。俺たちは大丈夫だからユックリしてきていいよー」
「じゃあいってくるわね〜」
パタパタとスリッパが廊下を走る音がした後玄関の開閉音と鍵のかかる音が続き、一瞬で家の中がシーンと静まりかえった。
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