HQ

□絶望
1ページ/5ページ

絶対的な絶望


人通りのない夜道を俺は必死で走っていた。
もう十分以上は走った気がする。
足が上がらない。
酸素が足りない。無理矢理吸って吐き出すけど、息は上がって胸が痛い。肺が破裂しそうだ。
汗が額を、背中を伝う。
いくら部活で鍛えているとはいえ、限界を越えつつある身体はギシギシと悲鳴を上げて酸素の足りない頭はクラクラしてくる。
もう少し…もう少しだから。
この先にある公園を横断して近道すれば大きな商店街の近くに出る。
人通りの多い所に出ればきっと助かる。
後ろを確認したいけど、振り返ると間違いなく足が絡まって転倒する。とはいえ、振り向かなくても俺を執拗に追いかけてくる足音は確実に聞こえている。だから必要ない。
捕まったらお終いだ。
走れ!走れ!
心臓が破れても構わない。最悪の状況は考えるな!今はとにかく無心で全力の限り走れ!
カラカラに渇いた喉に僅かな唾液を送り込み強く息を吐き出した。
上がらない足でも前に進めろ!兎に角進め!逃げろ!
今の俺に出来るのはそれだけだ。
抑制剤を家に忘れた自分がバカだ。三ヶ月に一度来る事は解っていたのに!
目の前の金髪に混じって黒髪が走りに合わせて揺れるのが目に入った。
毎朝セットしている髪が汗で崩れ始めている。
「くそっ!」
あぁ、どうしてこんな時に限ってあの日に引っかかってしまったんだろう。
今朝のニュースで流れたレイプ殺人の事が脳裏を巡り一瞬背筋に冷たいのものが走ったが、そんなのは考えても仕方ないと、記憶の片隅に押しやり唇を噛んだ。
公園が見えてきて、少しの安堵感を覚える。酷使した筋肉が痙攣を起こしそうに小刻みに震え始めた太腿を叱咤して公園に飛び込む。
大きめの公園は豊富な遊具にベンチ、公衆トイレが完備されていて、昼間は多くの親子で賑わう。だが夜となればそれは姿を変え、数本しか設置されて居ない水銀灯が頼りなさげに園内を照らしているだけだ。
俺は足を止めること無くザッと見渡した。
隠れる場所は…いや、無理だ。
普段の俺なら未だしも、今の俺だと間違いなく感づかれる。
このまま突き抜けて商店街まで走り抜けよう。
考えを纏める為に一瞬緩めた足に再度力を入れてトップスピードを出そうとした。
だけどスニーカーの底が砂利で滑り俺は無様に転倒をした。
咄嗟に手は付いたものの、手のひらの皮膚が裂け痛みが走る。だけど確認している暇は無い。すかさず立ち上がり走り出そうとした。
が、遅かった…
肩から下げていた愛用の赤い通学カバンが後ろに引っ張られ、俺は後ろに転げた。幸い後頭部は打たなかったけど、尾骶骨と背中を強打し一瞬息が詰まった。
ヒュッと息を吸い立ち上がろうとすると学ランの襟首を持ち上げられ、背後から口を大きなゴツゴツした手で塞がれた。
「よう。ようやく捕まえたぜ、かわい子ちゃん。あんた、随分すばしっこいねぇ。」
下卑た笑いが耳元を撫ぜる。襟首を掴んでいた手は俺の腹部を抱きかかえ、逃げられないよう持ち上げていた。
悔しいかな、俺の身長は159センチしかない上に、体重も51キロだ。この男にすれば軽く持ち上げれる対象だろう。
「だけど、もう逃がさないぜぇ。まだ番(つがい)は居ねえんだろ?そんな旨そうな匂いをプンプンさせておいてよぅ。」
ゾワリと鳥肌が立った。
男は俺を抱き上げたまま周りを見渡しているようだ。
「となると…俺との初めてが便所…ってのはさすがに可哀想だが、ロマンチックにホテルってのも面白くねぇし…」
舌舐めずりする音が耳元を刺激する。
男が俺の項に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ、ベロリと首筋を舐めた。
全身に鳥肌が立ち上がり腰がキューっとなった。ゾワゾワした感覚が背中を走りケツの奥がジュワッと何かを溢れ出させたような気がする。
「ここは、ひとつ野外プレイといきますか。」
冗談じゃねぇ!冗談じゃねぇぞ!誰が好き好んで見ず知らずの男にレイプされなきゃならねぇんだ!
まだ自由に動く足を思いっきり振り上げて、後ろから俺を抱きかかえたままの男の向こう脛に踵で蹴りつけた。
「ぐぅ!」
口を塞ぐ手が緩んだ。チャンス!
思いっきり手のひらに歯を立ててやった。
「ギャ!」
男は短い悲鳴をあげたが、腹部を抑えた腕は緩めてはくれなかった。
「離せ!くそっ!離せよっ!誰がてめぇなんかとヤるかよっ!!」
肘が相手のこめかみに当たるようスイングしたが反対に頭部を強く殴られた。
グワングワンと頭の中が揺れてる気がして吐き気を感じた。
「Ωごときがα様に逆らってんじゃねぇよ!せっかく可愛がってやろうと思ったのによ!」
半分脳震盪を起こしかけている俺は逆らう事も出来ず、男に抱きかかえられたまま茂みの奥に連れて行かれた。
そのまま乱暴に地面の上に放り投げられ手を付く暇もなく顔面から落ちた。右頬に熱を感じた。多分擦り傷ができたのだろう。
男はうつ伏せのままでまだ動けない俺の背中に馬乗りになり、通学カバンを取り上げ中を漁り出した。
部活の時に使う四文字熟語のシャツにハーフパンツ、サポーター、バレーシューズとフェイスタオル。
それらを出して地面に置いた男はフェイスタオルを取り、事もあろうか俺の腕を後ろ手で縛り上げた。
「くそっ!離せ!」
「Ωちゃんは黙ってな。」
今度はシャツを無理矢理口に捻じ込まれた。
くそっ!信じられねぇ!腕も抑えられてるから取る事も出来ねぇ!
更に男がカバンの中を漁り出した。
筆箱、龍が分けてくれた駄菓子、空の弁当箱とピルケース、財布、スマホ、そして生徒手帳。
良いものを見つけたと男はニンマリ笑って表紙を開いた。
顔写真のあるページを見てるのだろ。
「にしたにゆう…君でいいのかな。」
俺は黙ったまま男を横目で睨みつけた。喋れないのもあるけど、こんな奴に名前を訂正してやる気も更々ない。
「さて、夕君。今の君は発情期みたいだけど抑制剤を飲んでないね。初めての発情期…かな?だけど…」
チラリと男は生徒手帳を見た。
「高校二年生なんだ…その小さい身体で。作りが未熟すぎて発情期が遅れてるのかな。」
ギュッと、目を閉じた。
発情期はもう何度か体験した。だが、こいつに言ってやる義理もねぇ!
「カバンの中に避妊道具は入ってねぇみたいだし…ダメだよーΩちゃんはちゃーんと避妊具とかピルとか持たなきゃ。逸何時襲われるか分からないんだからよ。」
それをおまえが言うか!?
男は空になったカバンを生垣の向こうに投げた。赤い物体は放物線を描いて俺の視界に入らない場所まで飛んだようだ。
背中にある男の体温が俺の身体に染み込み始めた。
ヤバイ…本格的に発情期が始まった。
俺の意思とは関係なく、身体が芯から熱くなり、ケツの奥がキュンキュンし始めた。
マジでヤバイ。今回の発情期…かなり強そう。
口で息が出来ないから余計に鼻息が荒くなる。
そんな俺の変化に男は気付いたようだ。
「本格的に発情期…ヒート状態に入ったな。」
ギクリとした。
だけど身体は勝手に相手を求めていて、奥から熱い粘液が溢れ出したのをはっきりと感じる。
男は馬乗りのまま身動き出来ない俺の身体をぐるりと反転させ、うつ伏せの状態から仰向けに切り替えた。暗いといっても、水銀灯の明かりが少し届き俺の顔を照らす。
見るな…見るな…俺の顔を見るな!
分かっている。今の自分の顔がどうなっているか。性行為を…セックスを求めている。このどうしようもなくはした無い欲望をぶちまけたいと身体が渇望している。
「へぇ…随分トロットロに蕩けてんじゃん。あんた、今すっげぇ色気だしてるぜ。目の奥なんかハートが浮き上がってるし、フェロモンプンプン。こっちだってギンギンに勃ってるじゃねぇか。こりゃあ…上物のΩちゃんか?」
いやらしく男が笑った。
そう…俺はΩ。
この世に存在する六つの性別…つまり男女を基盤にα、β、Ωの三種類がある。
第二次性徴を迎える頃、国家の規定で全児童は厳重なる血液検査が行われα、β、Ωの三つに振るい分けをされる。
αはエリート系列。ある程度の格差はあれど、国家や会社の社長などのエリートコースが約束されている血液だ。とにかく支配する側。
βはいわゆる普通。普通の生活に普通の人生。特にこの血液を持つ人口は多い。
そして残るはΩ。身体的に特徴があり、三ヶ月に一度発情期が訪れる。いわゆる繁殖する為の血液だ。それは男でも関係なく、直腸の奥に生殖器が存在しており、発情期の時期にセックスをして、避妊を行わない限り必ず妊娠するという厄介なものだ。数はかなり希少だが、人間的地位は低すぎる。ただΩはαとセックスすると番(つがい)になるらしい。頭の悪い俺では上手く説明出来ないけど、番(つがい)の居ないΩってやつは発情期にαに向かってフェロモンをばら捲くらしい。ごく稀にβも引き寄せるみたいだけど、そこの所はよくわかんねぇ。
それで…だ。俺の親はβ同士だったけど、俺はΩの血を受け継いで産まれてきた。恐らくご先祖様の何処かにΩが居たのだろう。
とんだ隔世遺伝ってやつだ。
ショックといえば確かにあったけど、基本ポジティブな俺は「しゃあねぇ、上手く付き合っていくしかねぇか。」と楽観的だった。
発情期の時はヒート状態を抑える抑制剤を朝昼晩と食後に飲みきちんとやり過ごしてきた。
なのに…俺は今回迂闊にもピルケースに昼の分を入れてくるのを初めて忘れた。
大会前だから部活も休めれず、抑制剤の効果が薄れ初めていたけど部活に参加した。だから早く帰って薬を飲もうと居残りも、坂ノ下での買い食いもせず真っ直ぐ帰宅していたのに…
見知らぬ男に声をかけられた。「あんた、Ωだろ。」って。
弾かれたように走り出した俺だったけど、結果がこの様だ。
口に押し込まれたシャツはヨダレを吸ってグシャグシャになってるし、芯は熱を持ちきって学ランの下で完勃ち。もちろんケツの方は粘液がグズグズ溢れ出していつでもOKな状態になっている。
男はニヤニヤ笑いながら俺のズボンからベルトを引き抜いた。スタッズのたっぷり付いた特徴的なベルトも生垣の向こうに投げ捨てられた。
ズボンも下着ごと脱がされて…俺は見知らぬ男に下半身を丸出しにされる。粘液で濡れた下着を見て男が口の端しを緩めた。
「すげぇグチャグチャに濡れてるじゃねぇか。βの女よりすげぇな。」
男はそそくさと己のズボンのチャックを下ろし、ドス黒い凶器を取り出した。
あぁ、俺はこの男に犯され孕まされ番(つがい)にされるんだ。
心は嫌だと悲鳴をあげているのに、身体は目の前の凶器を突っ込まれたいと願っている。
脚を開かされ窪みが外気に晒される。
「じゃあ、さっさと初物をいただいて、俺の番(つがい)になって頂きましょうかねぇ。こんなかわい子ちゃんならこれから毎日たっぷり可愛がってやるぜ。なぁ夕ちゃん。」
ヘラヘラ笑いながら男は凶器を俺の窪みにあてがった。
もちろん避妊具なんてつけている訳ない。
あぁ…こんな事になるんだったらあの人に告白しておけば良かった。
見た目はすっごい男前で、顎髭が似合ってて心地いい低音の声で…だけど気が弱くてヘタレでガラスのハートで、烏野高校バレー部のエースの…


ー旭さん、貴方が好きですー


今この場所に居ない旭さんの事を思い浮かべて口の中で告白を呟くと悔しくて涙が一粒零れ落ちた。
俺はこれから自分の身体に訪れる痛みと快楽、そして絶対的な絶望を覚悟しながら旭さんの笑顔を思い浮かべていた
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ