頭文字D

□嘘から出たまこと
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中里家の人間は皆ザルだ。いや、正確には中里家の血を受け継いでいる者だけに限定される。
故に、嫁いで来た者は周りの酒豪振りにドン引きし、嫁いで行った者はその飲みっぷりに驚かれるのが定番となっていた。
正月となれば身内が本家である実家に集まり中里家は賑やかとなり、手土産は決まって皆が皆酒を持ち寄って大宴会が行われる。
中里邸は先代から続く大きな純日本家屋だ。昔は庭も大きかったが、子供達が大きくなり1人1台車を持つようになったのをきっかけに、庭を半分近く潰して駐車スペースを大きく確保されていた。
そこには父親の乗るクラウンを筆頭に兄の晃が乗るS13、兄嫁の智香のマーチ、姉瞳の夫俊哉のライフ、中里のGT-R、妹藍のワゴンRが並んでいる。
年が明ければ親戚が遠方からやって来るが、それでもまだ余裕はあった。
久しぶりの我が家のコタツに足を入れてミカンを食べていた中里の背中に小さな男の子と女の子が突撃してきた。
「たけ兄〜遊んで〜!」
「ちゃけにぃ〜!」
中里家長兄晃の子供で4歳の透と2歳の恵の2人は、中里が帰省した時必ず遊んでと飛び付いてくる。
「ちょっと待ってろ。」
と2人を背中にくっつけたまま残りが3房になっていたミカンを口に放り込み、しっかり捕まってろよ〜と一声掛けてから勢いをつけて立ち上がると、子供はキャーキャーと声を上げて喜ぶ。
「お、透に恵。たけ兄に遊んで貰ってるのか〜いいね〜」
兄の晃が近寄って来る。
29歳の兄は179cmと中里家で一番の長身で、72kgのガッシリした体型は学生時代に習っていた柔道のお陰であろう。
かなり短い短髪で、眉毛は男らしくシッカリしており、目は少しつり上がった細め。唇も薄くて色男と言っても過言はない。167cmまでしか伸びず、体重も母親に似たのか食べても太らない体質で54kgまでしか増えなかった中里にとって、父に似た兄の体格や顔の作りは羨ましい対象であった。
2人同時はもう重いだろと、中里の背中から透を引き剥がし、自分の肩に乗せて肩車をするそんな滑らかで力強い動きも羨望の眼差しで見てしまう。
「どうした?」
「や…何でもない。」
「そういや毅、さっきお袋が色んな意味で嘆いてたぜ。一体今年は何を持ってきた?」
晃はニヤニヤと笑いながら肩に乗せている息子を揺らすと、透はキャーと歓喜を上げて喜ぶ。
「別に…恒例の酒と…コロッケ。味見してもらおうと思ってさ。」
あーと晃の顔が苦笑いに変わった。
「また料理の腕上げたな?」
「節約で毎日炊事してたらそれなりに上がるさ。今じゃもう趣味みたいなもんだしよ。」
それに大食いの食いぶちも増えたしな、と心の中で呟き、背中の恵が怖がらない位に揺らしているとコタツの上に置いていた中里の携帯が震えた。
ナイトキッズの揉め事か、はたまた啓介からの熱烈なラブコールか…恵が頭から落ちないように腰を落として携帯を取り開くと同時に右眉を上げた。
ディスプレイには高橋涼介と表示されている。
ちょっとごめんな、と恵を下ろすと通話ボタンを押しながらヒンヤリと冷え込んでいる廊下に出た。
「どうした?」
『実家に帰省してるんだって?』
ああ、と返事だけして目の前を通る長姉の瞳が抱っこした一歳の桜に小さく手を振る。
「で、何の用だ?お前今日から藤原と伊豆だろ?」
『…何故知っている。』
「藤原本人から聞いた。」
少しの沈黙があった。
『…啓介の予定を聞いているか?』
「千葉へ日の出を見に遠出だろ?」
『そうだ。だが、想定外のトラブルが起き今非常に困っている。』
「想定外?」
『メンバーが全く集まらなくて中止らしい。』
ふーん。と壁に凭れて中里は鼻だけで返事をした。
『更に言うならば、両親は仕事で帰らないし、頼れる従姉妹のご両親は家族揃って湯布院に旅行中だ。そして最後の砦の長谷川さん…家政婦さんだが、三ヶ日までお休みで故郷に帰省している。』
「え…それってつまり…いや、待て。俺はそこまで面倒見きれんぞ。それに今は実家だ。」
『分かっている。分かってはいるが…あの啓介を1人にしておくのは…無理を言っているのは無論自覚している。』
いや、しかしなぁ、と後頭部の髪の流れに沿って右手を撫で付けてから下唇を少し噛む。
中里も啓介の自由奔放さは知っていた。知っているからこそ彼の睡眠と食事に対する惰性は良く理解出来ていた。寝ずに遊びに走ろうとすれば止める事が出来る。偏った食事を摂るようならばそれを補う事は出来る。
しかし、ここは中里が生活するアパートではない。赤ん坊の時から長年住み慣れた実家だ。
オーラの見える身内に啓介との関係が言わずともバレるのを考えると胃がキリキリと痛むのを感じた。
覚悟は決まっては居ない。時期が早すぎると口の中でつぶやく。
だが……
口の中に溜まった唾を飲み込む。
その時家のチャイムがが鳴り、末妹の藍がいらっしゃい隼人と嬉しそうな声がした。玄関の方を見ると藍の彼氏である五十嵐隼人が軽く頭を下げてきたのを手を上げて挨拶する。
ーあぁ、そういやあいつも泊りに来てるんだったな…
藍が両親にお願いしていたのを思い出した。
「少しだけ待っててくれ。どっちにしても俺1人の一存じゃ決めれねぇからな。また後で電話する。」
『済まない。』
通話ボタンを切った中里は小さくため息を吐いて母親がいるであろう台所に足を向けることにした。
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