頭文字D

□コーヒーとチーズケーキと色ボケ男
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史浩と喫茶店で別れた後自宅に戻り、現在手を煩わせているレポートに取り掛かっていた涼介は、ひと段落つく所で一旦パソコンから目を離した。
疲れきった眼球をいたわるように左手で優しく揉み、それから冷えてしまった残りのコーヒーを一気に喉に流し込む。
長い時間キーボードを打っていた為か肩が凝り固まっているのを感じ、両腕から背中にかけて軽くストレッチをして筋肉を解す。
ふと、窓の外が暗くなっていることに気づいた。だが、部屋の中は灯りが煌々とついている。恐らく家政婦の長谷川さんだろう。ベッドの上には畳まれた洗濯物がいつの間にか乗っていた。
壁に掛けられた時計を見て今の時間を確認する。
9時半を過ぎた所だ。
一般的なサラリーマンならもう帰宅していることだろう。
涼介は携帯を掴み椅子の背凭れに全体重をかけるように凭れると中里毅の電話番号を出した。
一瞬帰宅中で運転をしているのでは無いだろうかと考えたが、着信記録を残しておけばいいかと通話ボタンを押した。
5回鳴らして出なかったら切ろうとコール音を聞いていると3回目で受話器があがった。
『…高橋?』
随分疲れきった声がした。
「すまない。もしかして忙しかったか?」
『いや…忙しいというか…同僚がちょっとでかい失敗してよ…今残業中だ。』
今日中に帰れるか怪しいなと呟くのが聞こえる。
『ちょっと待ってくれ。』
そう言うと受話器の向こうからガタガタと席を立つ音と、少し電話してくるといく声がした。
少しすると『待たせたな。』と詫びる声がした。
「いや、こちらこそすまない。」
『で…何の用だ?』
先を促され、涼介はプロジェクトDのホームページが出来上がった事と、中里のプロジェクト加担を啓介に自分は話すのを忘れていたのだが、中里本人の口から話してるかどうかを尋ねた。
『俺から話す訳ないだろ。そういったのは事の責任者のお前から言うべき事だろうが。ったく…どうやったら啓介に話すのを忘れるんだよ。一番側にいる奴じゃねぇか。』
大きなため息が聞こえて涼介は確かにな…と吐き出した。
「最近、大学にプロジェクトDにと忙しいからな…」
『それと色ボケだろ。色ボケ。』
「は?」
一瞬呼吸が止まる。
『聞こえなかったか?色ボケだよ。少ない休みを藤原の為に使ってるんだって?』
「…」
『藤原に言うなって言われてたけどな…凄く心配してたぜ。』
天井を仰ぎ、涼介は大きなため息を吐いた。
拓海から中里と電話やメールで話をしているとは聞いた事があった。
学生の自分より社会人からの考え方も知りたいのだろう。それから自分に話せない悩みを中里に愚痴っているのだろう。もしかしたら中里も拓海に何かしら愚痴っている可能性はある。
「そうか…」
『とにかくお前、一度全部放棄して寝ろ。とにかく寝ろ!色々と背負い過ぎなんだよ。』
「そうかな…」
『そうだよ。』
少し沈黙があった。
「分かった。今日はもう寝てしまう事にする。」
『そうしろ。』
受話器の向こうから中里を呼ぶ声がした。
『悪い…夜食が来たみてぇだ。』
「いや、こっちこそ悪かった。」
『それじゃあな。おやすみ。』
通話は一方的に切られた。よほど大変な残業になのだろう。
携帯を机の片隅に置き椅子から立ち上がり、シャワーを浴びに階下に降りていく。
今夜はとにかく寝よう。拓海に要らぬ心配をかけてしまった事を反省しながら脱衣所に姿を消した。
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