泥棒達と風使いの少女

□五ェ門お兄ちゃんの憂鬱
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―ぷるぷるぷるぷる…


「…………。」

「…………。」


一体、いつまで同じ体勢で固まっているつもりなのだろうか。


「…美羽、やはり拙者が」

「えいっ!!」


―ドスッ!!


まな板に置かれた人参と暫し睨み合っていた美羽が、突如威勢の良い掛け声と同時に両手で握り締めた包丁を降り下ろす。

キッチン台までめり込むんじゃないかと思う程の容赦ない力に、少し後ろで見守っていた五ェ門がビクッと後退る。

最早、切られたと言うより完全にぶった切られた人参がコテンッ…と真っ二つに割れた。


「できた!1人でできたぞ!五ェ門!」

「あ、あぁ。そうだな…。」


流石…元、野生児。豪快な奴だ。

いや、拙者も人の事言えぬな。うむ。


―ボォッ!!


「…む?」

「よいしょっ。」


五ェ門が目を閉じ1人頷いている隙に早くも次の行程に入ったらしく…ガスコンロが火を吹く音と共に何やら放ったらしき美羽の声が聞こえ、ゆっくり視線を戻す。


―ジュー…


「焼けろ♪焼けろ♪」


コンロでは大きな肉の塊が、燃え盛る火の上に直に乗せられもくもくと煙を上げていた。

うむ、やはり豪快…って馬鹿馬鹿馬鹿!


「馬鹿者ッ!!直に置くな!そしてこの肉は何処から持って来た!」

「朝獲った大きな鳥だ!すごい速さで走るんだぞ!?」

「戯け!駝鳥など食えるか!」


慌てて火を消す五ェ門の横で目をキラキラさせて力説してくる美羽が、今朝捕まえて来たもの…

それは野生のダチョウ。

一体、何処まで飛んで行ったというのか。


「鳥は美味いんだぞ?好き嫌いすると大きくなれないって、次元が言ってたぞ?」

「ぐっ…」


人差し指を立ててまるで説教するように言い聞かせてくる美羽の言葉に、武士としてのプライドがグサリと射抜かれる。

次元の言った“大きくなれない”は体の事だろうが、五ェ門の耳には“偉大な男になれない”と変換された。

そこまで言われてたかが駝鳥ごとき食えぬなど、石川家末代までの恥…!

と、よくわからない思考回路が働きグッと拳を握り締める。


「よし、調理を続けろ。」

「うん!」

「待て。これに乗せて焼け。」

「えー…」

「…次元に怒られるぞ?」

「乗せる!!」


焦ってフライパンを受け取る美羽に、ため息が漏れる。

やはり、美羽の中では次元の方が上なのか…。

あやつめ、母親などと銘打って美羽を手玉に取ろうとは笑止千万。

ならば拙者は年の離れた兄として、これを機に美羽との仲を深めてやるとしよう。

見ておれ次元…!

お主と美羽が共に風呂を楽しめるのも、これで終いだ!


「五ェ門!燃えたぞ!」

「ーーーッ!!?」


突如轟々と燃え上がる炎を前に、思わず声にならない叫びが出た。

暢気に目を丸くして此方を見上げる美羽の手には、見様見真似で仕様したのだろう…食用油のボトルが握られている。

少し目を離した隙に油をドボドボ肉にぶっかけといて、何が『燃えたぞ』だ…。


とりあえず火を消すためキッチンタオルを手に取り濡らそうとする五ェ門の横で、炎へ向け徐に手をかざす美羽。

……まさか、ねぇ?


「鳥が焦げる!!」

―ゴォォォ…ッ!!


それはそれは…拙者も思わず腕で顔を覆う程の、物凄い突風でござった。

……って、


「家を丸ごと燃やす気か!この大馬鹿者めがッ!!」

―ゴスッ!!


余りの突風に燃え上がる炎は消えたものの…

ごちゃごちゃに散らばったキッチン用品。

粉々に割れた食器。

そして、煽られた炎が正面の壁に残した大きな焦げ跡。


幸い、美羽に怪我は無さそうだが…一歩間違えば更なる大惨事に成りかねないこの状況に、思わず握った拳を自分の腰辺りにある小さな頭に落としてしまった。


「…うぅっ…」


結構思い切り殴ってしまった故、まぁ当然と言えば当然だが頭を押さえて泣き出す美羽。

それでもこの怒りは止まらず、未だほどけない拳は震えたままだ。

家の中で風を使ったからとか、そんな些細な理由ではない。


もし、服に炎が燃え移っていたら…

もし、割れた食器で怪我をしたら…


こんなにも、お主の身を案ずるこの思いが…何故解らぬのだ。


「ふえぇ…っ」

「もう良い。お主は部屋に戻っておれ。拙者は後始末をせねばならぬ。此処に居られては邪魔だ。」


声を上げるでもなく蹲ったまま泣き続ける美羽に冷たく言って、散らばった破片を拾い集めるためその場を離れようと背を向ける。


―キュッ…

「む?」


足を踏み出そうとした矢先、小さな手に袴を掴まれ…仕方なく動きを止め振り向く。


「…なんだ?」


ため息混じりに、さも面倒くさそうに、低く言葉を発した。

怯えてビクッと跳ねる肩が、掴まれた袴を同時に揺らす。


「用がないなら離せ。」

「ご…っ…ごめ…なさ…」

「聞こえぬ!はっきり申さぬか!」


思わず荒げた声に、一層ビクッと全身を震わせて顔を上げた美羽の涙まみれになった大きな目と目が合う。


「ごめ、んなさ…い…っ!」


しゃくり上げるせいで所々途切れはしたが、必死に言葉を紡ぐその頬に手を当てて同じ目線になるよう屈み込む。


「それは、何に対しての“ごめんなさい”なのだ?」


先程とは違う優しい声で問いかけると、堪えていたのか一気にぶわっと涙が溢れて…


「っ…怪我しな…って…約束っ…したのに…」

「うん。」

「ひっ…く…美羽がぁ…っ…危ない事…したかっ…らぁ…!」

「よし、いい子だ。おいで。」


普段は堅い五ェ門の口調が、気付けばまるで小さな子供を相手にするような甘いものに変わっていた。

優しく抱き上げてあやすように背中を擦ると、首にしがみ付いて終に声を上げ泣き始めた美羽に自然と口元が緩む。


「手を上げてすまぬ…痛かっただろう?」

「うえぇぇん!!次元のはもっと、痛いぃぃっ!!」

「…そうか。」


おのれ次元め、毎度毎度本気で殴っておったとは…実に不届き千万。

よし、一度拙者が美羽に代わり本気でぶん殴っておくか。


「ほら、そろそろ泣き止め。駝鳥の肉を拙者に食わせてくれるのだろう?」

「っ…うん!!」


耳元で大きく頷く美羽の髪が首に触れ、擽ったさに思わず笑みを溢すと…泣いたせいで鼻声の美羽も嬉しそうに笑った。
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