泥棒達と風使いの少女
□五ェ門お兄ちゃんの憂鬱
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「…………。」
「……そのように見られては、少々食べづらいのだが。」
今日の昼飯は、油まみれの焦げた駝鳥肉と…こちらも見事に焦げた人参の炒めもの。
…修行しておいて良かった。
普通の人間がこの黒い塊を食べたら、一発で腹を壊すだろう。
「早く!五ェ門!早く!」
「そう急かすな。どれ、では駝鳥の肉から頂くとしよう。」
―……ガリッ。
美羽の手により強引に叩き切られた肉を箸で摘まみ上げ、恐る恐る表面をかじると…何とも不快な音と同時に口内に広がる苦々しい味と香り。
うむ。これは最早、肉ではない。炭だ。
「美味いか?」
「…………。」
正直に言うべきか…いやしかし、この輝く瞳をまた曇らせる訳にはいかぬ。
未だ口内に残る砂利のような欠片を喉の奥に無理矢理流し込んでから、大きく頷いて見せる。
「お主一人で、よく頑張ったな。」
「えへへ〜♪」
柔らかく微笑んでやれば、嬉しそうに飛び跳ねる可愛い妹。
さて、この凄い量をどうしたものか…。
流石の拙者も、これを全て平らげれば何かしらの異常が現れそうだな。
「五ェ門が元気なかったから頑張って作ったんだぞ!?」
頭を悩ませながら備長炭のような人参を箸でつつきさり気なく顔を引き攣らせる五ェ門の膝に、少し得意気な美羽が手を置いてゆさゆさと揺さぶる。
「…元気が?」
いや、あれは元気がなかった訳ではなくお主とどう過ごせば良いか悩んでいただけで…
「そうだぞ!だから、元気にしてやろうと思ってお料理したんだ!」
無邪気に笑って、どこまでも純粋な眼差しで見つめてくる。
「では、拙者の為に?」
それなのに、散々怒鳴った挙げ句殴って泣かせたのか…拙者は。
「美羽…。」
「うわっ!どうした?眠いのか?」
小さな体を膝の上に軽々と抱き上げて、そのまま抱き締める。
驚いたように身動いで、いつも自分が次元にされているのを真似て頭を撫でてくる妹が…どうしようもなく愛おしい。
「あぁ。少し眠い。」
子供みたいな嘘を吐いて、そのまま立ち上がった。
「仕方ないなぁ。起きたら残さず食べるんだぞ?」
気分は姉なのか、小さな手で頭を撫でながら言い聞かせてくる美羽を抱いたまま傍らのソファーに腰を下ろす。
「…わかっておる。」
起きるのが少々恐ろしくはあるが、今はこの愛しい体温に触れたままでいたい。
しっかり抱き寄せたまま目を閉じると、「よしよし」などと言いながら飽きずにまだ頭を撫でてくる。
これは…完全に、立場が逆転しておるな…。
まぁ、それも良いか。
「おやすみ、五ェ門。」
―チュッ。
…………いや、
「ちょっと待て。」
「うわっ。もう起きたのか?」
突然唇に口付けてきた美羽に、思わず狸寝入りから覚醒する。
「今のは…まさかお主、それを次元と毎夜交わしているのではなかろうな?」
「え?おやすみのチューは必ずするものだって、次元が言ってたぞ?」
やはり…次元め、何が母親代わりだド変態がッ!!
「…美羽、今宵は拙者と共に寝てくれぬか?」
「なんでだ?寂しいのか?」
「まぁ、そのようなものだ。」
「仕方ないな!いいぞ?」
よし。これでとりあえず今宵は、次元から美羽を守れるな。
「それから、風呂だが…」
「!!ご、五ェ門が寂しいなら、美羽が一緒に入ってやっても、い、いいぞ?」
…いや、1人で困るのは寧ろお主の方であろうが。
「あぁ、頼む。」
うむ。この立場もなかなか悪くないな。
あの2人には見せぬ大人ぶった美羽が、実に愛らしい。
「五ェ門!美羽の事、お姉ちゃんて呼んでもいいぞ!」
「断る。」
「えっ!?なんでだ!?」
真顔で即答した五ェ門に、大袈裟な程驚いた美羽が必死に体を揺さぶってくる。
ガクンガクンと頭を左右に揺られながら、呆れ顔で深い深いため息を一つ。
全く、調子に乗りおって。
それから暫く。
余りにしつこく煩い美羽に困り果てた五ェ門は、再度狸寝入りを始め…
結局その寝息につられた美羽も、五ェ門の腕に寄りかかるように体を預けて仲良く眠りについた。
やれやれ、妹の面倒を見るのも楽ではないな。
しかしあの飯…元い、炭の塊をどうしたものか…。
と、その時。
―ガチャッ!
「ただいま〜♪」
玄関から響く、仲間の暢気な声。
うむ。これは好都合だ。
苦痛を押し付けるには最適な人物達の帰宅に、内心込み上げる笑いが止まらない。
「美羽の手料理と聞けば、例え炭でも残さず食うだろう。」
寝ている美羽が起きない程度に声を潜めて呟く。
では、まず手始めに…
過保護な親馬鹿共に嫉妬させてやるとするか。
ニヤリと口角を上げて、自分の腕に可愛らしくしがみ付いて寝息を立てる美羽を抱き締める体勢に変え…五ェ門は静かに目を閉じた。
その直後、アジト中に父の絶叫が響いた事は言うまでもない。
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