Another Mirror

□Here is Gregory House.
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あの騒動の後、仮住まいである仮眠室に戻って着替えてからゆっくりと細かい事情を話した。長い時間話したが、アナは何も言わずただ真剣に聞き入って、話が終わっても笑顔で着いて行くと示してくれたのだ。その事には本当に安心したし嬉しさもこみ上げたが、しかしそれ以上にアナが既に俺たちの正体を知っていた事には驚いた。
誘拐犯とその他仲間との会話中に出てきた組織の概要を掻い摘んで耳にしていたらしい。

そしてアナに全てを話してから2週間後、ボスのグレゴリーの許可が漸く下りたため、今日からアナを自分達の屋敷に住まわせることが出来るようになったのだ。


『大きいね…!』
「森一つ分あるから、迷わないように着いて来て」

そうして今、面白そうに巨大な鉄門扉を見上げるアナと手を繋ぎながらキャビーは、頑丈な門の中に足を踏み入れたのだった。









英国の首都郊外、穏やかな町外れに建っているのが森一つという広大な敷地を持つグレゴリーハウスだった。はたから見れば何処ぞの富豪が建てたと思われるそれは、裏世界でも知る人ぞ知るマフィア・グレゴリーファミリーの本拠地。
だが普通のマフィアとは違い、麻薬や銃器で金儲けしたり縄張り争いをするわけではない。彼らが求めるものは人間の「魂」。ボスであるグレゴリーをはじめとする構成員の全てが人間ではなく、生きるため力を得るために人間の魂を奪い合っている。

構成員の一人である地獄のタクシーこと、キャビーも例外ではなく、大悪魔カルシファーの系統に属し、人間離れした怪力と脚力、そして地獄の炎を併せ持つ立派な火の悪魔だった。
グレゴリーファミリーの構成員の内、タクシーように力を持つ幹部クラス以外の末端構成員は、マリオネットと呼ばれる魔法で操られた人形である。意思を持たず、壊れるまで命令を遂行するマリオネットと化け物の幹部。この二つの手駒により、とてつもない脅威として裏世界を支配するのがグレゴリーファミリーだった。


屋敷、といってもまだ庭である森の中だが、きキャビーは歩きながらグレゴリーハウスに住まう住民について説明する。

「色々やらなきゃいけないこともあるけど、まずは住民の紹介をしなくちゃね」
『どのくらい人が居るの?』
「20人くらいかな。本当はもっと仲間が居るけど世界各国に派遣されてる人も居るから、この屋敷にはそんなに集まってないんだ」

看護婦で構成員であるキャサリンは病院住まいなためハウスの住民ではないが、出張の保健室を担当しているのでハウスで見かけることが多い。今日はアナが訪れると連絡しておいたので、一緒に案内をする手筈だ。


森の中にある教会や墓場などを時々説明してやりながら進むと、いつの間にか屋敷に到着していた。遠くから見ればそれほどではないが、近くに寄ると古びた木の扉やら錆びた窓枠、雨水や風にさらされて欠けたガーゴイルの石像などが目についてなかなかボロい。
ギギギと軋んだ音を立てながら観音開きの扉の片方を開けると、何故か中から風が流れ出す。その雰囲気に驚いた様子のアナを安心させるように手を引いて屋敷内に踏み込んだ。


「アナちゃんようこそグレゴリーハウスへ!」

そう言って入って来たアナをぎゅぅっと目一杯抱きしめて、出迎えてくれたのはキャサリン。アナが苦しそうにもがいたのですぐに離したが。
扉を入ってすぐは玄関と二階が見える吹き抜けのあるロビーで、談話用のソファーが置かれている。その椅子の一つにオーナーであるグレゴリーも座っていた。


「アナ、この人がオレらのボスのグレゴリーさん」
「おお、キャビー。その子が話しておった子供か?」

椅子から降りてきたグレゴリーに少し怯えるアナだが無理もない、グレゴリーは鼠なのだから。
くすんだ灰色の耳に突き出た鼻、口から覗く齧歯は鋭く、折れ曲がった尻尾がズボンから出ていて、容姿は鼠が二足歩行で服を着ている姿そのままだ。ただ普通の溝鼠よりでかく、今のアナと同じくらいの背丈があった。
それでもキャビーが大丈夫と背中を摩ると、前に出て自己紹介をした。

『アナと言います。これからお世話になります』
「ほう、行儀のいい子じゃないか」

ジロジロとアナを観察するグレゴリーにももう怯えず、にっこりとほほ笑むアナ。
それに釣られてグレゴリーもまた笑顔を向けてから、案内をすると言って鍵を取った。



まずは一階、玄関の真正面にある扉の向こうの食堂からだ。広い室内の中央に長いテーブルが据え置かれている。今は何も置いていないが、食事の時にはずらりと皿が並べられて、まるでパーティーのように豪華になるのだ。


「この時間だとシェフは厨房のはずじゃ」
『シェフ?』
「地獄のシェフだよ。料理長で、殆どの住民の料理を一人で作っているんだ」
「とってもカッコいいのよぉ」

キャサリンが頬を染めながら言うのと同時に厨房へと続く奥の扉が開いて、背の高い男が出てきた。白い制服に紅いスカーフとエプロンはいたって普通だが、頭の上の帽子は蝋燭になっていて、煌々と炎を灯して蝋が溶けている。


「なんだグレゴリー…」
「邪魔して悪いな、シェフよ。今日から新しい住人が入るから紹介しているんじゃ」

料理の邪魔をされたからか不機嫌だったシェフだが、人が増えると聞いた瞬間、ぱぁっと顔が明るくなった。自分の料理が一番と考える彼にとっては、料理を食べてくれる人が増えたのが嬉しいのだろう。
そうしてまた昼食を食べに来ると言って、地獄のシェフの下を後にした。



次は渡り廊下を通って隣接された図書室。図書室と言っても、世界各国の本が揃っているためまるで図書館だ。
扉を開けた瞬間目の前に広がる書物の山に、アナが目を輝かせる。

『すごい、いっぱい!』
「本が好きかい?」
『うん!』

あっちへこっちへと目移りしていると、ドタバタと足音がして数人の子供が駆けて来た。どの子も異形の出で立ちである。


「にゃはは、タクシーのおじちゃんこんにちは!」
「キャサリンもこんにちは…」
「あれ、知らない人居るよ?」
「ねぇねぇ後ろの子だぁれ〜?」

元気に矢継ぎ早に喋ってきて、早速アナを取り囲む子供達。アナと同じような年齢の子ばかりで、アナも親近感湧いたようだ。

「この子はアナ。今日からここに住むんだ。よろしくしてやってね」
『よろしくね』
「僕ジェームスだよ!こっちは友達のミイラ坊や」
「よろしくね!」
「ボクはマイサンって言うんだ」
「アタシ、ロストドール…」

鼠の子から順に自己紹介を終えると、次はアナに色んなことを質問してきた。
ただこの子達に付き合っていると日が暮れてしまう。キリの良い所で終わらせて、図書室から出たのだった。



それから廊下を歩くと他の住人に出会った。頭に青龍刀の刺さった犬の男性やサボテンのガンマン、マイサンの父親という古時計。どの住民も個性的で、アナは興味津々と言ったように挨拶を交わす。
一階二階を案内し終えて約束通り昼食を取ってから、次は地下へと歩みを進めることになった。


『地下には何があるの?』
「一番下にこれから住む部屋があるんだ。他にはゲーム場とか物置かな」

階段を使い下へ降りていきながらそう説明する。タクシーの車もこの地下に車庫があり、部屋もそれと隣接していた。
地下に住むのはタクシーだけではなく、タクシーの自室の隣には貴重な宝物を守る金庫番が二人。それが…

「おー、えらい可愛いやっちゃなぁ!ワイはインコ。で、こっちのトロマがキンコや。よろしゅうなぁ!」
「よろしく、なんだな〜」

特徴的な訛りを持つインコと、今は座っているがそれでもかなり図体のでかいキンコの二人組だった。

「アナ、この人達はオレの親友で、オレが仕事で居ない間面倒見てくれるんだ」
『アナと言います。よろしくお願いします』
「良い子やなぁ!ワイらもずぅっと二人で退屈すんねん、タクシーでかしたで!」

元気溌剌と言った感じのインコとは対照的に、キンコは眠そうに目をこすり既に夢を見ている。そんなキンコの頭をハリセンで叩くインコはまさに夫婦漫才と言った所だった。




番人と別れた後、アナたちはタクシーの部屋に行くのではなく、一旦一階に戻ってきた。

『他にどこいくの?』
「住む前に儀式と言うか、契約をしなくちゃならないんだ」

でなければホテルに彷徨える魂の狂気に飲まれてしまうからだ。
そのために、今度は「Judgement Factory」という部屋の前に立った。


「審判小僧、いるか?」
「やぁタクシー!そろそろ来る頃だと思っていたよ」

薄暗い部屋の中に入れば天井からぶら下がった派手な男が一人。アナを見つけるとギラギラと覗く歯と共に笑った。


「こんにちは、僕が審判小僧ファースト。お目にかかれて嬉しいよ、真実の鏡さん?」
 
 

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