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□[GIFT]holiday's sun
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雲一つない晴れた空に浮かぶ太陽は燦々と輝き、普段は曇ることの多い迷界を照らし出している。
その日差しは空気を暖め、現世で言う春爛漫なポカポカ陽気。時折吹く心地良い春風が暑くなるのを防いでいる。



その晴天の下、グレゴリーハウスの前には見慣れない風景が広がっていた。


サウジアラビアやインドなどの東南アジアの雰囲気を醸し出す建造物やテントの数々。ザワザワと騒々しく様々な言語が行き交い、東洋人、西洋人、黒人、怪人…人間のような者から化け物まで生物も混在している。


ホテルの前に突如として現れたこの街はバザールタウン、通称「彷徨える町」

バザール(Buzzurl)とは東南アジアの商業地区のこと。バザールタウンと言うだけあって、ここには食料品、服飾、雑貨など世界各国の品物が揃う店が町全体に立ち並んでいる。
そして「彷徨える町」の通り、この街は迷界内を日々移動し、一カ所に永久的に留まることがない。グレゴリーハウスの前には1ヶ月に一度3日間だけ現れる。

そしてホテルの売店だけでは買えない珍しい商品が集まるとあって、住民たちはいつも楽しみにしていた。





 
それは今、タウンの入り口に立つミラーマンも例外ではなく、普段は地下に籠もっているが、この街が来る日はホテルの外に出る。
今日もひさびさの外出だった。


強い日照を遮る大きなフード付きの黒いマントを羽織り、すっぽりと体を隠して。
一見暑苦しそうだが、平均体温が常人よりも遥かに低い性で、自分にとっては丁度いい。
それに、色素の薄い肌は直射日光が当たると、手酷い火傷を負ったような日焼けを残してしまう。
そういった意味でもこの格好は必需であった。


だが本当を言えばミラーにとって日焼けなど、別に頓着する事ではなかった。
その程度の傷は本体に還ってしまえば立ちどころに治る。傷痕も、痛みもなく、何事もなかったかのように。

ただ自分の隣にいる男が…



「やっぱり日が強いなぁ、マント被って正解だな!」
「な!…じゃねぇよ。手前がこれを無理やり着せたんだろが」
「だってミラーの綺麗な肌が…!」
「馬鹿か」

そう大袈裟に懇願するのは、恋人である地獄のタクシー。いつもの黄色い制服ではなく、今日は珍しいことに私服だった。

タクシーとミラーが、何故この2人でバザールに出向くことになったかというと、話は昨晩に遡る…
 





「え、休み?」

ミラーが風呂から上がり、そろそろ寝ようかという時間、ちょうど仕事が終わって帰ってきたタクシーが「明日休みになったから」と言ったのだ。
次の日も仕事だと思っていただけに、寝耳に水だった。


「ああ、急にグレゴリーの旦那から言われてさ。なんでも今来てるゲストが既に彷徨う魂になりかけてるから、ホラーショー要らないんだと」
「ふぅん…にしてもお前が休みなんて珍しいな」
「まぁ、必ず半日は車走らせてたしな。それでさ、せっかくだしどこかにドライブにでも行かないか?」

その提案にミラーは少し思案すると、「買い物に行きたい」と言った。

「買い物?」
「ああ。明日からバザールタウンが来るだろ?そこでの買い物に付き合って欲しいんだ」
「バザール…もうそんな時期か」

毎日同じことが繰り返すせいですっかり忘れていた。
しかし愛しのミラーからの願いをむげに断るはずもなく、タクシーは二つ返事で了承したのだった。

そして服装がどうのこうのと話してる時に、この日除け用マントの事も(押し切られ)決まったのだ。









 
ジリジリと焼き付ける日差しの下を、タクシーとミラーは並んで歩いていた。

街は商品が地区ごとに分けられており、入り口のゲートから見て西側が大まかに衣服や道具類、東側が食料品と薬などが売られている。
二人が目指すのはタウンの南地区にある本屋街。本好きのミラーはホテルの図書室の書物だけでは満足できず、時々タクシーに頼んで買ったりするのだが、やはり自分の目で見て選んだほうが良い書籍を見つけれる。
ただ選ぶのに夢中になり過ぎて毎月何十冊と買ってしまうのだ。金はいくらでもあるため心配要らないが、問題は帰りだった。

分厚い書籍から薄い小冊子まである本を一人で持って帰るのは到底不可能で、鏡を繋げて直接部屋に運ぶ方法もあるのだが、ある程度縦幅がないと本が入らない。かと言ってそこまで大きな鏡を外出に持っていく訳にもいかなかった。
そこでミラーは、車であるタクシーに荷物を持ってもらおうと考えたのだ。デートとか言う思いはサラサラなかった。


「街が広いから本屋まで結構歩くな」
「まぁな。でも歩きながら色んな店を見るのも楽しいだろ?」
「そうだな。折角だし昼飯もここで食べようか」
「ああ、甘味もあるだろうから俺も食いてぇ」
「本当ミラーは甘い物が好きだよな」

相槌を打ちながら、タクシーは苦笑いした。

既に出店を開いている方からは良い匂いが漂ってくる。そしてその中に、見慣れた蝋燭の灯が周りの人から抜きん出ているのが見えた。

「なぁミラー、あそこほら…」
「ん?…ってシェフ!」

そこにはホテルの料理長である地獄のシェフが食料品の品定めをしていた。手にはもう買ったのか、調理器具があり、今は袋一杯の香辛料を吟味している。
こちらには気付いていないようだ。

暫くして、シェフは何かの眼玉を漬けた珍味と、蛆虫がわいたチーズを馬鹿買いしてその場を離れていった。
恐らく近日にはその食材が使われた料理がテーブルに並ぶのだろう。相変わらずの気持ち悪さに、タクシーは吐き気を覚える。ここ何日かは食堂に近付かないでおこうと思った。
まぁ隣にいるミラーはそんな事気にしていないようだったが。


「…やっぱ他の奴らも来てるんだな」
「ひとつのイベントみたいなもんだしなー」

そう言って歩くと、もうすぐで南地区につきそうだった。視力の良いタクシーが目を凝らすと、ちらほら本の束が置かれているのが見える。
巨大な図書館のような本屋からこじんまりとした古本屋まで、店の形も様々だ。

「今日はどんな本を買うんだ?」
「学書は殆ど揃えたし…東洋の古書でも中心に見てみる」
「とか言って、最終的には色んなジャンルの本買っちまうんだろ」
「かもな、金に糸目は付けねぇし」

年中地下に籠もりっぱなしのミラーマンだが、グレゴリーハウスに来る以前の付き合いで貰った財宝はその価値数兆円にも上る。
数百冊もの書を購入する金は十分にあり、本だけでなく、ミラーの部屋にある調度品は全て自分で買ったものだった。


そうして話している内に、一軒の本屋に到着していた。外観はレトロな和風モダンで、店員も着物を着ている。恐らくここには東洋の近代文集が並べられているのだろう。

「さてと、俺はここで本探してるけど、タクシーどうする?」
「んー…俺は本には興味ないしな…あ!」

周りを見渡していたタクシーが突然声を上げた先には、車の部品や、工具などが専門に置かれている店があった。

「あそこ!あの店で暇潰してくる」
「わかった、じゃあ買い終わったらまた連絡するから」

そう言って、各自店へと向かう。

しかし、タクシーは自分の携帯が鳴っていたのに気がつかなかった。
 
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