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□君と過ごす十五夜
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「タークシー!」

ああ、目に入れても痛くない(比喩だから本気にしないで欲しい、幾らなんでも無理があるから)俺の可愛い可愛いかのじょ…じゃなかった彼氏のミラーが満面の笑みで俺の名前を呼んでる。うん、すごく可愛い、清々しい程に。
自慢じゃないけど、親友から恋人になっただけあって長い付き合いだし、相手の言わんとすることは大体分かるようになってる。けどこれは、流石に分かり易過ぎじゃないか。

「ミラー…言いたい事はその笑顔見て分かったから。期待に満ち溢れた目で見ないで、かなりプレッシャーになる」
「分かってるならヨロシクなー!期待してるから!」
「なぁ後半聞いてた?てか完全に無視したよな!?」

嘆いたように言ってみれば「そうだっけ?」と、とぼけて目を逸らされる。そんな仕草も可愛いと思ってしまう辺り重症だ。

「まぁそう言うなよ。ちゃんと金ぐらい払う」
「ガソリン代込み?」
「物による」

唇を歪める何時も通りの顔を浮かべながら、ニタニタとふてぶてしくこちらの返事を待っている。くそう、足元見やがって…これ本当に恋人に対する態度か?と本気で疑った。

「買ってくれば良いんでしょ…現世行って」
「おう!じゃあ『団子』よろしくなー」
「ヘイヘイ…」


『団子』といってもただの三色団子とかそういう類ではない。今日の十五夜に食べる、所謂『月見団子』だ。激甘党のミラーマンは日頃から和菓子洋菓子問わず甘味を口にし、その事に関しては真実の二の次に小喧しい。行事があればその都度それぞれに合ったスイーツを所望し、時には自分で作ったり、或いはこうしてタクシーに購入してもらうかインコに製菓してもらうのだ。
別に買うこと自体自分はそれ程頓着しないしミラーの好みは大方把握している為迷う事もないのだが、現世まで態々買いに行くと言うのが一苦労だった。己自慢の速い足で迷界と向こう側を行き来するのはガソリンを非常に消費する。普段物資を買い付けに行く際はオーナーであるグレゴリーから予算プラスその代金が渡される。しかしあまり金の回りがそう良くないこの世界で払われる分は雀の涙。

「結構カツカツなんだよなぁ…」

運転中の車の中でそう言葉を溢す。現実世界を往復するだけでも時間を食うから今日一日有給扱いし、金も稼げない。(いや普段だって稼げてないけど)
ぶつぶつと文句を垂れながら、それでも愛しい恋人のため、車を走らせたのだった。


朝から出発した為、まだ日が落ちきる前に買える事が出来た。ミラーから預かった代金の残りからガソリン代を引いても十分お釣りも出て、今日の売り上げぐらいにはなった。

「ただいま」
「おう、ご苦労さん。おかえり」

がさごそとビニールの袋をぶら提げながら地下の鏡の間に辿り着く。常温に保たれた部屋は外より随分と涼しく感じられる。その中で暖かい紅茶を啜りながら書き物をしていたミラーはその手を止め、こちらを振り返った。挨拶の時に一瞬こちらを見たが、直ぐに手元の袋に視線が注がれる。薄情者め。

「…はい、ご要望の品」
「さんきゅ!…あれ、二袋?」
「ああ、インコとキンコの分もな」

俺が買ってきたのは二種類。一つは東京下町で江戸時代から160年続く老舗和菓子店「言●団子」のもの。俺も、この店の団子は美味いとの評判を、当時まだ地獄に居る時分から聴いていた。まぁ甘味類が喰えない為行きはしなかったが。
そしてもう一つが…

「おおーっ!この団子、懐かしいなぁ。おおきにな、タクシー!」
「ミラーの序でであれだけど、こっちの方がインコは知ってるかと思ってな。喜んでくれたなら良かった」

白玉粉で作られた白い餅を餡子で上から雲のように被せた、関西地域で良く食べられる形の月見団子だった。ここまで喜ばれると東京から大阪まで渡って鳴●餅本店で買った甲斐がある。
月見団子はご飯の後とし、いい時間になったので珍しくタクシーも四人揃っての夕食にする。夜遅くまでの仕事のせいでこういう風に皆で食べられるのは少ないため、団子を買いに有給取って良かったなと思えた。

晩御飯を食べ終わると風呂に入り、温まってから上がると先に上がっていたミラーが月見団子とお茶を鏡の部屋に用意していた。

「月を見るなら外だろ?それとも鏡伝って行くのか?」
「いいや、ここで良いんだ」
「は?」

部屋の中、しかも地下奥深くで月が見えるわけない。「花より団子か?」と首を傾げていると、ミラーは壁に掛かった鏡のカーテンを引き、部屋の電気を落とした。

「え、ちょ、真っ暗じゃねぇか!?」
「今見てろ」

タクシーと反して落ち着いた声でそう言った途端、


部屋が星の輝きに包まれた。


壁一面は星空に、天井だったはずの頭上は高い高い天空に様変わりし、月の影で仄かに薄明るく部屋を照らし出している。

「これなら外へ出ずに月が見られるだろ?」

ソファに座りながら緑茶を啜るミラーが自慢げに此方を見やった。

「これはまた…凄いな。どうやったんだ?」
「ここの鏡にウユニ塩湖の水面を映したんだぜ。あそこは波が立たないと一面鏡の様になるから丁度良い」

ウユニ塩湖というのはよく分からなかったが、月明かりに輝くミラーの銀髪は見惚れるほど美しかった。…まぁ、月見団子を口一杯に頬張っている顔はお世辞にも綺麗とは言えなかったが。
一頻り食べ終えたミラーは、お茶で一服すると徐に口を開いた。

「…でもまぁ、やっぱこういうのって良いだろ」
「え?」

言葉の真意が掴み切れず顔を見ると、ミラーは月から目を離さずそのまま続ける。

「月見る為だけに今日一日休む事になったしその半分も買い物に費やしたけど、久々に一緒に夕飯食えた上に普段はまだ帰ってない時間に傍に居れる…結構楽しめるだろう?」
「……ああ、…悪くないな」



明るい月の光の下、恋人と共に同じ時を過ごせるなら、昼の苦労には目を瞑ろうか。

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