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□[GET]空色折り紙
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鏡の部屋の中で、青い色の折り紙を折り続けているヒトがいた。
一つ一つ、綺麗に。丁寧に。
時間をかけて、ゆっくりと。
そうして出来上がったソレを見て、つまらなそうに床へと放る。何度も何度も、繰り返してきた為に
完成したソレの数は、途方もない量で。床に広がる一面の青に
この世界にはないはずの青空が重なった。
もう二度と、堂々と青い空の下には立つ事等出来ないけれど。それでも、その景色を恋しく思う権利くらいはあるだろう。
懐かしい、大好きだった風景を愛しく思いながら。新しい折り紙に再び手を伸ばしかけた時。聞きなれた明るい声が、部屋の中に響き渡った。
「ミラー!」
「‥タクシー‥」
声と同じく、にこにこと明るい笑顔を浮かべながらやって来たのは地獄のタクシー。
この部屋の主であるミラーマンの親友だ
タクシーは、ミラーマンの傍へと歩み寄って、床に大量に散らばるソレに思わずぎょっとし、何とも間抜けな声のトーンで
何だこれ、と、驚きを隠せない様子で問いかけてくる。
「見たら分かるだろ。鶴だ。鶴、折り鶴」
床に放り投げた一つを拾い上げると、ほらよ。と
タクシーの方へと投げて寄越したミラーマン。投げられた鶴を両手で受け止め
手のひらにすっぽりと収まった、小さな青い鳥に。思わず感嘆が洩れる。
「‥綺麗だな」
僅かなズレすらない。丁寧に、丁寧に折られたのであろう鶴を眺めてタクシーが言った。
彼の素直な感想を聞いたミラーマンは、特別喜んだりはせずに。只、そうか。と
呟くだけ。
「それにしても沢山作ったなぁ‥願掛けでもやってるのか?」
自分の足元に、軽く見積もっても数百は居るであろう鶴を見て問いかければ、
「何でそんな事思うんだよ」
「あれ?折り鶴って千羽折ったら願いが叶うんじゃなかったか?」
「は、下らねぇな」
まるでちっとも興味がないと言う風に、ミラーマンが笑って見せる。
けれど、問いかけたタクシーの方は真剣だ。願い事をする訳でもなくこんなにも沢山の鶴を折って、一体どうするつもりだったのか。
「ある程度溜まれば捨てる。それだけだ」
「えー‥何だよそれ。可哀想だろ」
「‥は‥?」
「せっかくお前の手で、只の四角い紙が綺麗な鳥に生まれ変わったのに。捨てるなんてあんまりだ‥」
飛ぶ事もなく、羽を広げられる事もなく。床に放り投げられた鳥たちを見て
悲しそうな表情を浮かべるタクシーに、たかが折り紙に。何て顔してやがる。
ミラーマンはそう言うと。床に落ちている鶴をまた、ひょいと拾い上げて。翼を広げてやった
「これで良いのか?」
「ん、‥やっぱり。羽を広げた方がもっと綺麗だな」
ミラーマンの行動に、笑みを浮かべたタクシーは。せっかくだから、と言って
床に散らばる無数にも思える鶴たちの羽を、一つ一つ広げていく。明らかに時間の無駄でしかない行動に
本気でやるのかとミラーマンが聞けば。間髪入れずに、勿論。と、肯定の返事が返された
「なぁ、どうして青い色しかいないんだ?」
「‥青い折り紙しか持ってねぇんだよ」
「何で?」
何気無く聞いた質問の返事が遅い。ちらり、と答えを促す様目線を向けるタクシーに
「‥好きなんだ。青い色が」
ぽつりと小声で返したミラーマン。小さな声ではあったけれど
それはしっかりとタクシーの耳に届いていた。
「そっか、青い色が好きなのかお前‥うん。分かった。覚えておく」
嬉しそうに笑うタクシーに、さっさと忘れちまえとミラーマンは言ったけれど。
「嫌だ。忘れない」
「んな事より、テメェの場合は。もっと覚えておかなきゃいけない事が山程あるだろ」
「そんな事ないよ。俺にとって、親友の好みを覚えておくのは凄く大切な事だから」
「面倒臭い奴」
「あははは」
記憶力の容量が、他人よりもずっとずっと少ないタクシーは。それでも、その少ない記憶のスペースに
親友の好みを残して置きたいようだった。
今みたいに、他愛のない話しをしながら鶴たちの羽を広げていた二人は。気がつけば、床に散らばっていた鶴を最後の一羽までしっかりと広げ終えていたらしい。
羽を広げた分、先程よりも量が多くなった気がする鶴を。どうするのかと聞けば
「飛ばしてやろう」
「‥何処に」
「外に」
相変わらず、タクシーの提案はふざけた内容で。だけど。もう随分と付き合いが長くなって
彼の無茶振りにも慣れてきたのか。ミラーマンの方も、わりとあっさりオーケーを出す。
散らばる鶴を外に飛ばすと決まれば、先ずは室内から出るしかない。今の時期、夜の時間帯はかなりの冷え込みになっているだろう
出来る事なら、快適な室内から出たくはないが。既に外へと向かう気でいるタクシーが。勝手にミラーマンのベッドから毛布を引き抜き、小脇に抱えている。
「それ、俺のだぞ」
「え、でも。お前寒がりだろ。毛布無しだと外は寒いぞ?」
タクシーは、確かに毛布を持ち出そうとしてはいるが。どうやら自分で使う為ではなく
ミラーマンの為にそれを持って行こうとしているらしい。相変わらず、自分より他人優先のタクシーに
ミラーマンは、自然と笑い声が出てしまった。
「ふは、‥っ、くく‥」
「どうした?」
「いや、何でもねぇ‥が、そうだな。外は寒い。一緒に使うか」
「良いのか?」
「体温の高いお前が一緒に包まってた方が、どう考えても温かいだろうからな」
ふ、と。柔らかい笑みを浮かべて見せるミラーマンに。タクシーが。答えるように、へにゃりと笑う
「阿呆面め」
「‥うーん‥お前、本当酷いよなぁ」
何時まで経っても阿呆面と呼ばれるタクシーは、かくり、と肩を落とすも。楽しそうに笑う親友を見ていたら
呼ばれ方等どうでも良くなってしまったようだ。
その後、タクシーの車のサイドミラーに鏡部屋から道を繋げて外へと出れば。
「よし、それじゃあミラー。ホテルの屋根の上、連れて行ってやるからな」
「間違っても落とすんじゃねぇぞ?」
「大丈夫大丈夫、落ちる時は俺も一緒だから」
「全然大丈夫じゃねぇ‥」
ミラーマンの手を取って、タクシーが笑う。
「俺の風はお前を傷付けない。何かの間違いで落ちたとしても、絶対守るから。信じて‥ミラー」
「‥随分生意気な台詞吐くじゃねぇか餓鬼が」
「ふふ、餓鬼でも大切なヒト位自分で決められるよ。それに、大切なヒトは守ってやりたくなるのが当たり前だろ?」
「‥ふん」
ふわり、と。二人分の体が地面から離れる
何度体験しても、慣れる事の出来ない感覚に。体が少し強張るミラーマン
どうして、地面を走る車であるタクシーが。宙を浮く様になったかは良く分からないが。何時の間にか飛ぶようになっていた
彼の持っていた風を操る能力が、日に日に強くなり。元々は跳ぶ事のみに使用していた能力だけれど
滞空時間が徐々に長くなっていって。ある程度の時間なら。空中を好きに移動する事が可能になったらしい
が。未だに自分の能力を上手くコントロール出来ないタクシーは。何時落下してもおかしくはなかった。
しかし、万が一途中で落ちたとしても。守ると言った以上は、例え体を張ってでも全力でミラーマンを守るであろう。
地獄のタクシーとは、そういうヒトだ。