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□チョコと共に願う想い
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パブリックフォンは悩んでいた。
珍しくも金儲けの類ではなく、甘い甘い恋人たちの日、世に言う「バレンタイン」について。

パブリックフォンが女子に貰うと言う話ではない。ホテルにいる数少ない女子たちが、自分のような詐欺師にくれる筈もなく。そもそもシェフがいるため、既製品にせよ手作りにせよ、見つかればホラーショーは免れない。
では何故こんな事を悩んでいるのかというと、事の始まりは二日前に遡る。




二日前、いつものように干からびた死体と宅飲みしながら、TVフィッシュに現世のテレビ番組を映して観ていた。ちょうどそれがバレンタインイベントの紹介みたいなものだったのだ。

「バレンタインかぁ…」
「え、なんだよ。もしかして貰った事ねぇのか?」
「恥ずかしいことに、義理もないんだよ」

普通義理ぐらいなら仕事先の女子がくれるだろうに、そう言うと、少し困った顔をして曖昧に誤魔化す親友。それ以上は何も聞けなかったし死体も話してくれなかった。そのままテレビの話題も変わって、その事は流れてしまった。

何か、こいつにしてやれないかと思った。
普段から食事やら寝床やら世話になっている事もあるが、それ以前に友として、彼にそんな顔はさせたくなかった。


そういう訳で、この二日間ずっと雑誌やらネットやら情報を片っ端から調べて考え込んでいるのだが、いまいちピンと来ない。買った既製品は何処となく愛想がないし、キャサリンに頼んでも作って貰えるかどうか怪しいかった。
しかし、当日まであと一週間ちょっとしか残ってない。

「どうしたもんか…って、お?」

と、目を惹かれたのは広げた雑誌のページに載っていた一つの単語。これなら、と早速とある人物に電話をかけた。






フォンが行動を開始してから数日後、干からびた死体は一人鏡の前にいた。

「なんのつもりだい?ミラーマン」
「ん?」
「恍けないでよ、フォンが毎晩出かけてるのって君のところだろう?」

死体の家に置かれた鏡はホテルの鏡の部屋と繋ぐ物でもある。それに映ったミラーマンは、向こう側で優雅に紅茶を啜り、自分を呼び出した知人に目を向けた。


「なんだ、もうバレるとは…隠し事も出来ないようじゃ、あいつ詐欺師失格じゃねぇか。…しかし、随分と嫉妬深いお友達を持ったもんだなぁ、奴も」
「…それは今いいだろ、話をそらせないで。とにかく、何を入れ知恵したんだ?」
「本人にでも聞けば良いだろう」
「聞いても答えてくれないから君に言っているんだ!」

大分と苛立ちを露にし、死体はミラーマンに詰め寄った。

ここ一週間ほど、パブリックフォンの様子がおかしかった。何処となくそわそわしてるし、仕事が終われば直ぐにこっちに来て、そのまま泊まっていくのが常なのに。飲む事もせず、日付が変わる頃にはそそくさと帰っていってしまう。
昨日やっと営業中の地獄のタクシーから、フォンがミラーを独占すると愚痴られて、大体の居場所は突き止めたのだ。
だがミラーマンはそんな死体をいざ知らず、可笑しそうに目を細めて笑っている。

「…何がそんなに可笑しい」
「そんな恐ろしい顔するなよ。まぁ赤電話のことは今に分かる…それと、観察するのは好むが間に巻き込むな」

そう言うと、鏡の中の映像が波紋のように揺らぎ、収まった時は既にこちら側しか映さないただの鏡に戻っていた。






2月14日当日…といっても既に時間は23時30分。話題の人物パブリックフォンは、落とさないよう潰さないよう慎重に両手で紙袋を抱えながら、死体の家がある墓地を急いでいた。

「あ〜最後の最後まで粘ってたら時間やべぇ!!…死体寝てっかなぁ」

今日は行くという連絡もしていないし、寝ている可能性が高かった。
ぎりぎり45分に土の中に埋まった扉の前に辿り着けた。扉に嵌め殺しのステンドグラスの窓からは光が漏れている。ベッドで眠ってしまった後ではない事は明らかで、少しほっとっする。

もう一度紙袋の中身を見て崩れていない事を確認すると、もし寝ていても分かるよう少しきつめにノックをした。
するとガタゴトと物音と慌てたような足音がした数秒後、外開きのドアが開いて驚いた顔の干からびた死体が立っていた。


「…よう、遅くなってわりぃ」
「パブリックフォン、どうして…」
「それは後で言うからさ、部屋上げてくんね?寒くて寒くてさぁ」

昼間は暖かくなってきているがまだ冬真っ盛り。急いでいる途中は気にならなかったが、止まってみるとかなり身体が凍える温度だ。
フォンの言葉を聴き、ハッとしたように我に返って死体は家の中に通してくれた。





暖炉が点いた部屋の中は暖かく、ソファに座わるとすぐに死体がココアを淹れてくれた。

「うー、あったけぇ…!」
「それは良かった…あのさ、フォン。ここ最近ミラーマンのとこに通っていただろう?」
「なっ、何で知ってるんだよ!?まさかあいつチクって…」
「いや、彼は聞いても答えてくれなかったよ。でも、君が僕の所に来たくないからという事だったら、僕は…」
「あ〜、バレちまったらしかたねぇな。ま、どちらにせよ渡すつもりだったし…ほらよ」
「?」

そう言って持ってきた紙袋を死体に渡す。袋を開けるとそこには…

「プリン…?」

そう、二つのチョコプリン。カカオ色のつるつるとしたプリンの上には白いホイップクリームとチョコチップが鎮座しており、チョコレートの良い香りも仄かにする。

「これは…」
「すっげぇだろぉ?俺が作ったんだぜ!」

『友チョコ』として、自分の手作りを渡す。それが一番想いが伝わる気がして、菓子作りが得意なミラーマンに教えてもらったのだ。脆い死体でも食べられるようにやわらかいプリンを。
とはいえ手先が器用なパブリックフォンでもプリン作りはなかなか難しく、何度も失敗した。

最初は分量を適当にしてしまい、これでもかというほどミラーマンに怒鳴られた。ちゃんと量っても卵液を濾すのが甘く、舌触りが最悪だったり。作りすぎてプリンも食べ飽きたし、バニラエッセンスの匂いが充満して胸焼けした。(ちなみにミラーマンは平気だったが、帰ってきたタクシーが部屋に入った瞬間ぶっ倒れた。)


「お前バレンタインのチョコ貰った事ねぇって言ってただろ?だから俺がやるんだよ!お前がした事ないことは全部俺がやってやる!」


人生を見失って、この狂った世界に来て、こんな身体になって、もう生前通りの事なんてできやしないだろう。けれど、迷界でも友人はいるし、笑いあうこともできる。


「全部一緒にやろうぜ、今のお前の場所はここだろ?」
「フォン……ありがとう、君ってホント最高だ…!」
「当ったり前だ!俺がやればこんなこと昼飯前なんだよ!」
「それを言うなら朝飯前ね。それじゃあ一緒に食べようよ…ココアだけど、僕らの友情に乾杯!」
「乾杯!」



もしも未来に僕がいなくても、君と居れた思い出は生きますように
 

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