Another Mirror

□Twilight of adults.
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2時間ほどおしゃべりを楽しんだ後、そろそろ帰ろうかとカフェを出る。道を挟んだ向かい側の駐車場にある車へ戻ろうとした時だった。

「アナ!」
「え、誰…」
「お前らだな!アナを攫ったのは!」

アナを呼ぶ子供の声がし、振り返るとみすぼらしい格好の男の子が立っている。その子は傍にいたオレとキャサリンを睨んだかと思うと、駆け寄ってきてアナの手を引き、自分の後ろに隠すようにしてしまった。
いきなりの事に頭が回らず、目を白黒させる。
アナより少し年上そうで、見たところ15か16歳ほど。兄妹には見えないが、少なくともアナの知り合いらしかった。
ただ物凄く勘違いしているようで、ずっとこちらを牽制している。アナも大変な状態という事に気づき、慌てて誤解を解くため筆談を書き始めた。

『違うの、その人達は助けてくれたの!』
「え?」
『私が凍えそうになってた時に病院に運んでくれたキャビーと看護婦のキャサリンさん』

そう必死に説明すると、アナとオレらの顔交互に見てやっと信じてくれたが、まだオレ達への顔つきは厳しい。

「アナが言ってるから信じるけど…アナは返してもらうぞ」
「え、返すって、アナにまた貧しい暮らしをさせるのは…」
「アナも、婆さんがすっごい怒ってるんだ。早く帰って謝らないと」
『嫌だ!私はおかあさんとおとうさんに会うの!キャビーが必ずって約束してくれた!』

「婆さん」という言葉を聞いた瞬間、明らかにアナの表情が変わった。まるで怯えるかのように震えだし、顔も青白い。
手早く手帳にそう書いたアナは男の子から離れると、タクシーのズボンの裾を離さないと言う様に強く強く握り締めた。
そんなアナを安心させるようにしゃがんで背中を撫でると、男の子に向き直った。

「本人が嫌だと言っているんだ、アナはこちらで引き取らせてもらうよ」
「で、でもそんなことすれば…」
「あら、何か都合が悪いのかしらぁ?」
「…婆さんが怖い人達連れてあんたらの所に行くと思う」

以前アナから聞いた話とこの子の言葉を合わせると、どうやら組織的な児童の誘拐があり、それを統率しているのがそのお婆さんらしかった。
最近、自分達の組織以外に見かけぬ奴らが出回ってるという情報は耳にしていた。まさかこんな形で尻尾を掴むとは…


「なぁ君、そのお婆さんのところまで案内してくれないか?」
「えっ、でも…」
「お願いします、ってその人に許可を取ってからアナを連れて行く事にする」

怖がらせないように笑顔でそう言うと、男の子は暫くの間迷った後、無言で頷いてくれた。

「じゃあちょっと行ってくるので、アナをお願いします」
「分かったわぁ。あんまりやり過ぎないでよね」
「はは、大丈夫ですよ。寒いんでしたら車の中で待っててください」

不安がるアナの頭を一撫でし、行ってきますと声をかけて、キャビーは男の子の案内について行った。





その老婆がいるのはさっきの所から案外近いらしい。説明されながら裏路地を曲がり、アナ達が見えなくなると煙草に火を点ける。
アナと出会ってからは臭いや受動喫煙のことを気にして吸っていなかったため、苦味のある煙を食むのは随分久しぶりだ。中毒性のあるそれを深く肺に吸い込んでから吐き出すと、紫煙が体を包み込んだ。
ビルに囲まれ満足に日の光が差さない小道を進んでいくにつれ、だんだんとゴミや汚れたビル壁が目立つスラム街に変わっていく。腐った肉や鼠独特の下水臭が鼻を突くそこの奥に、ようやく影と木材で隠された小屋が見えた。小屋の周りには、いずれも服とも呼べぬボロボロの布を纏った幼子も集まっている。


男の子に蜘蛛の巣や埃が充満する室中に案内されると、部屋に入るなり、奥の古いソファに腰掛けていた一人の老婆が男の子を怒鳴った。

「遅いっ!財布掏るのに一体幾ら時間かかってんだい!今日の晩飯は抜きにして…」

話の途中でこちらに気づいたようで、最初は呆けていた顔が見る見るうちに修羅の如き顔に変わり、ソファから立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。

「誰だいこいつは!ここには誰も入れるなと言っただろう!」
「いえ、私がこの子に無理を言って案内してもらったんです。責めないであげてください」

怒鳴られた男の子を見れば、先ほどのアナと同様に青く震え上がってしまっている。
可哀想に怯えるその子を部屋から出すと、キャビーはまだ怒りの形相のまま怒鳴り続ける老婆と向かい合い、ここに来た本題を述べた。

「アナという女の子をご存じですか?つい先日我々が保護しまして、それに関してお願いが…」
「あんたかい!アタシの商売道具を盗ったのは!」

商売道具?アナが?
沸々と込み上げる怒りを抑えながら、まだ口汚く罵っている老婆を見遣る。

「アナは渡しゃしないよ、とっとと引き渡しな!」
「しかしアナにとっても、周りにいた子供達にとってもこの場所は成長に悪影響です」
「はっ、私のもんをどう扱おうが勝手だろ。あの子を渡さないと言うなら力付くで吐いてもらうよ」

そしてどこからか取り出した身形に似合わない最新携帯端末のボタンを押すと、それを合図に外が騒がしくなった。子供達の声と革靴の音がして直ぐに、大勢の黒服の男達が雪崩れ込んで来る。

「まぁ、返すって言われても生かしとくわけにゃいかないがね。警察や、あの組織にばれちまうとアタシらが殺されちまう」

カチャリと金属音がし、目の前には黒光りする銃口。鼠一匹逃げ出せないような状況で、キャビーはただただ冷静だった。こんなもの、脅しにもなりやしない。

「その組織にはもう知られてますよ?残念ながら」
「おや、逃げるための口実かい?張ったりは効きやしないよ」
「張ったりじゃありませんよ。だって…私がその一員ですから」

吐き出した紫煙が老婆に届くよりも速く、キャビーが動いた。
向けられていた銃身を手で弾き、老婆の目の前まで詰め寄ると首を掴む。人間の目では到底捉えられない速さだろう。

「か、はっ…?」
「ああ、動かないでくださいね。この人が死ぬのと私が新しく首を絞めるのと、合わせてもあなた方が拳銃を引き抜くのには間に合わない」

そう告げてまだ理解できないでいる周りの奴らを牽制し、老婆と目を合わせた。

「まだ殺しはしませんよ。喋って貰う事が沢山あります」
「お、お前は…」
「ああ、自己紹介が遅れました。こんな状態で申し訳ないですが、改めて」

掴んだ老婆の首と一緒に振り返りトレードマークである「帽子」を取り出すと、黒服共に向き直った。


「私、グレゴリ−ファミリー専属運転手の地獄のタクシーと申します。以後お見知りおきを…といっても次はありませんけどね」
 
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