【短文】

□【惚れた腫れたより質の悪いもの】
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坪井 仁(つぼい じん)とその息子である(ひびき)は血が繋がっていない。
響は母親が仁と婚姻中に浮気して出来た子だった。
母親はDNA鑑定しない限りバレないだろうと高を括っていた。
しかし、彼女の目論見は出産後、崩れた。
何故なら、響の色素が薄かったからだ。何処からどう見ても白人との子だった。
母親は顔面蒼白になった。
不倫相手は態態夫と同じ血液型を選んだと言うのに。正か、響の父親がバーで出会い一日だけ関係を持っただけの旅行者だったとは。

義父母にも両親にも責められた彼女は、退院前日に子どもを置いて産婦人科から逃亡した。
ベッドがもぬけの殻。気付いた時には遅かった。
互いの両親は慌てふためいた。そんな中、仁だけが冷静だった。
彼は子どもを抱き「俺が育てます」と宣言した。
当然、互いの両親共に反対した。彼女の両親は自分たちの戸籍に入れて「育てる」と言った。
仁は拒否した。嫡出否認せず、自分の子として育てると譲らなかった。
両家は共に仁を説得しようと試みた。子どもが退院してからも話し合いは行われた。
仁は折れなかった。出産に立ち会い、赤子を抱いた時、あまりの可愛さに涙を流しながら「自分が守る」と決めたのだから、自分が育てるの一点張りだった。
仁は響に一目惚れしていた。運命を感じていた。と言っても愛や恋とは違うが。
直ぐにあれ?自分の子じゃない?と思っても、揺るがなかった事が証拠だった。
両家は説得を諦めた。一番の決め手は仁の「俺は低スペックでモテないから、今後自分の子どもを持つ可能性も彼女が出来る可能性も低いし」という言葉だった。
両家は否定もフォローも出来なかった。言葉に詰まった。
仁は確かに三高、所謂高学歴、高身長、高収入とは程遠い位置に居た。加えてイケメンでも無い。
学生の時は目立たない存在で、友達二人と教室の隅で話をしているタイプだった。
要するに顔も性格もモブ。勿論、彼女も出来た事が無い。妻が初めてだった。
出生届を提出すると、義父母が慰謝料と養育費を出すと言い始めた。
仁は断ったが、結局は折れた。「娘のした事の責任を取らせて欲しい」「孫の為に何かがしたい」と言う義父母に負けた。
義父母にとって響は血の繋がった孫になる。仁は定期的に会わせると明言した。
それからは怒涛の様に日々が過ぎていった。
幸い、仕事がフリーランスだったお陰で、自宅育児は可能だった。
響は両家の力も借りて、すくすく育っていった。
離婚は失踪から三年後に相手不在の儘裁判を起こし、成立した。
そうして、気付けば十五年の歳月が流れていた。


「生まれた響を見た瞬間、全身に衝撃が走ったんだ。抱っこしたら、うおーって叫びたくなったし愛おしく思ってな。ほんと可愛くてちっちゃくて、絶対守るって決めたんだよなぁ」


この日は響の誕生日だった。
仁は響が好きなチキンライスと唐揚げを作り、「おめでとう」と言った後、何時もの話をした。
彼は響に一歳の誕生日から、血が繋がっていない事を告げていた。
どうせバレるのだからと、隠さなかった。


「仁。あのさ、その話いい加減もういいから。かれこれ十五年間、誕生日の度に聞かされる身にもなってくれ」


真実を告げつつ、愛おしいと言い続けた事が功を奏したのだろう。
響は仁を父親と認めていた。
十五歳になっても、誕生日は仁と過ごしていた。


「ううっ、なのに、こんなに冷たくなって。反抗期辛い」

「おい、人の話を聞け」

「痛っ」


テーブルの下から膝に蹴りを軽くお見舞いされた。
仁は大して痛くも無いのに、痛がった。


「響、酷いぞ。暴力反対だー!」

「ケーキ未だか?」

「あ、出す出す。ちょっと待っててくれ」


晩御飯は食べ終わった。残すは苺のショートケーキのみ。
響が催促すると仁が立ち上がった。


「で、見合いはどうだったんだ?」


仁がハッピーバースデーと歌った後、響がケーキを食べながら仁に目を遣る。


「あー、一応結婚を前提に交際する事になった」


仁は一週間前、見合いをしていた。
乗り気では無かったが、先方たっての願いに根負けした結果だった。
懇意にしている企業の営業部長からの紹介なのだ。断れる訳が無かった。


「ふーん」


響はつまらなさそうに返事をした。声には抑揚が無かった。


「そんな嫉妬すんなって。俺は何があっても響が一番なんだから。盗られる心配は無いぞ」


仁がにやにやと笑う。
間髪を入れず、またしても膝に一撃食らった。


「痛っ!」

「嫉妬じゃねーよ、バーカ」

「親を蹴るんじゃありません」

「別に痛くねーだろ?」

「響っ」

「…………」

「ひーびーきぃー」

「あーあー、悪かったよ。蹴ってすみませんでした」


仁にじっと見られ、名前を呼ばれた事で、響は観念した。
そっぽを向き、ふてぶてしく謝罪した。


「よしよし、よく謝れたな。賢いぞ」


仁は立ち上がり、響の頭を撫でた。表情はでれでれだった。


「チッ、何時までも子ども扱いしやがって。一層の事犯してやろうか」


響が小声で喋る。子ども扱いに苛立ったのか、眉間に皺が寄っていた。


「ん? 何か言ったか?」


物騒な言葉は届いていなかった。仁は小首を傾げた。



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