【短文】

□【幼馴染との甘くない再会】
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シングルである母親の転勤に付いて行った二歳年下の泣き虫幼馴染が近々帰って来る。
堅慎(けんしん)はその情報を自身の母親から聞き、再会の日を夢見た。
会わなくなってから丸五年とちょっと。子どもにとっては長い期間である。
あの時中学一年生だった堅慎は大学一年生。
小学五年生だった威武(いぶ)は高校二年生になっている。どんな風に成長したのだろう。
考えただけで童心に返った堅慎の胸が、高鳴った。


「おぶぅ!」


夏休みに入って少し経った頃。
昼まで寝ていた堅慎が階段を下り、トイレに向かおうとした所で、誰かに打つかった。


「おおん?」


倒れはしなかったものの、ばいんっと押し返され、その圧に戸惑う。正面には誰かの胸。
しかも鍛えているのか厚みがある。


「えっと、誰?」


堅慎は上を向き、見知らぬ顔に首を傾げた。
相手の男は漫画なら登場したシーンで、ドンッ!と擬音があてられそうな人物だった。


「…………」
「は? なになに?!」


男の口が開いたかと思えば直ぐ閉じた。
そして、堅慎の頬に手を添えこめかみに親指を当て、撫でた。


「ちょっ、何なんだ?」


堅慎の左のこめかみには石を投げられた時に出来た傷痕がある。意図的に撫でられたと分かり、堅慎は眉を顰め、ついで振り払おうとした。
のだが、男が言った次の言葉にぴしっと石の様に固まった。


「ちっさ」


男は一言だけ発し、堅慎より先にトイレに入った。


「…………はああああ?!」


優に数拍置いて、堅慎が叫んだ。憤怒が混じっていた。


「母さん! 何か失礼な人が居んだけど」


トイレは後にしよう。そう思い、堅慎がリビングに入り文句を垂れる。


「あらあら、もしかして堅慎くん?」
「……へ?」


リビングには母親と共にもう一人女性が居た。今度は見覚えのある顔だった。


「あれ? 芽衣子(めいこ)さん?」
「そうよ。大きくなったねぇ、堅慎くん」
「て、事はさっきのって……」


芽衣子は幼馴染の母親だ。その母親が五年振りに現れた。
となると先程の人物の正体は──。


「もしかして、威武?!」


堅慎の顎が外れそうな程、がこーんと開く。信じられないと目の縁も限界まで開いた。


「大きくなったでしょう?」
「大きくなったどころじゃないよ」


165センチの堅慎が胸元に打つかったのだ。それを考慮すると190センチ前後ある事になる。
堅慎は思わず頬を抓った。小さく可愛かった威武の変わり様にこれは現実か?と疑った。


「性格も違うじゃん」
「堅慎くん、あの子に何か言われたの?」
「ちっさ、って」
「はあー、全くうちの子ったら。性格ひねくれちゃってごめんなさいね。図体が大きくなり始めてから一気に口が悪くなってねぇ。おばちゃんがきちんと叱っておくし、謝らせるから許してね」
「や、まぁ、謝らなくて良いよ。本当の事だし、反抗期だから仕方ないし」


昔の様にころころ笑う芽衣子に、堅慎の心が解れた。
年は取ったが変わっていない部分にほっとさえした。


「堅慎くんは変わらず優しいのねぇ。結愛(ゆあ)ちゃんが羨ましいわぁ」


威武に手を焼いているのか、芽衣子がさめざめとした表情を作る。
すると、堅慎の母親である結愛が頭を振った。


「そんな事無いのよ。手伝いはしないし、休みの日はずっとゴロゴロしてるし。大学生にもなって役に立たないのよ」
「あら、そうなの? どこも一緒なのね」
「そうなのよー」
「…………」


何やら息子たちの話で盛り上がり始めた。しかも悪口。
堅慎はこの儘では自身に火の粉が振り掛かりそうだと、リビングを後にしようとした──のだが。


「あ、待って堅慎くん」
「はい?」


芽衣子に引き留められ、後ろを振り返った。


「うちの子のせいで出来た目の横の傷、どうなったかしら?」


リビングのテーブルに着いていた芽衣子が立ち上がり、堅慎に近付く。


「あー、だいぶ薄くなったよ」


堅慎は芽衣子に傷痕を見せようと前髪を掻き上げた。


「本当ね、少し残ってる。整形とかで治す気無い? 勿論お金は私が全額払うから」
「いやいやいや、良いです良いです。俺、男だし、これぐらい前髪で隠れるし」


突然の申し出に堅慎は慌てた。傷といってもこめかみに、二センチ弱の線があるだけだ。
堅慎は傷が出来た時もそうだが、今も気にしていない。
なのに、整形話。
これは丁重にお断りしなければならない。どう言おうかと考えた。


「でもねぇ」
「や、マジで気にしないで下さい。それにこれは威武を守った勲章ですから」
「そう言ってくれるなんて、堅慎くんは優しいねぇ」
「芽衣ちゃん、あの時も言ったけど気にしなくて良いわよ。何もお嫁に行く訳じゃないんだから」


結愛が戸惑っている堅慎に、助け船を出す。


「堅慎くんが女の子なら、威武に責任取らせたのにねぇ」
「あははっ、そういえばあの時大変だったよね。威武くんが責任取って堅慎と結婚するとか言いだしちゃったりして」
「あの子、本気で言ってたから周りがそれは出来ないって必死に言ったのよね」
「それでも、結婚するーって頑なだった所が本当可愛くて」
「男同士は結婚出来ないのよって何度も言ったのにねぇ。あの子、堅慎くんの事大好きだったから余計にだったのかも」
「…………」


整形話が無くなり、別の話になった。
堅慎は胸を撫で下ろした。と同時に懐かしいなと目を細めた。


「それにしても威武くん、格好良くなっちゃって。うちの子が女の子ならねぇ」
「あら、堅慎くんなら大歓迎よー。今でも可愛いんだし」
「あら、そーお? なら貰ってもらおうかしら」
「はあぁ? 母さん何でだよっ」


会話が良からぬ方向にいっている。
冗談だと分かっていても気が気では無い。会話を止めよう。
そう思った堅慎が会話を止め様とした──その時。


「ババア、何の話してんだ」
「うわっ!」


威武が眉間に皺を寄せ、リビングにやって来た。
堅慎はいきなり耳に届いた低く重い声にびくっとなった。


「叫ぶな、うるせぇ」
「お前がいきなり、背後で喋るからだろっ!」
「人のせいにすんな」
「っ、お、お前変わり過ぎだろっ!」


五年振りに会えると指折り数えて楽しみにしていたのに。
堅慎は威武の言動にショックを受けた。そのせいで瞳が潤んだ。


「チッ!」
「舌打ちすんなっ!」


露骨に顔を顰めた威武に堅慎が食って掛かる。


「はいはい。喧嘩するなら外でやりなさい」


すると、結愛が立ち上がり男二人に近付いた。



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