【短文】

□【田所家の兄弟事情】
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「あー、そっか。母さんたち旅行だったか」


雨に降られ、学校から帰宅した日和はビチョビチョになった制服を脱衣場で脱ぎ、制服は後でハンガーに掛ければ良いか……などと思考しつつ、温かいシャワーを浴びた。
サッパリした彼は、腰にバスタオルを巻き、リビングに向かうと、冷蔵庫を開け、ペットボトルに入った2Lの水を縁に口を付けず、滝飲みした。
然うして、彼は薄暗くなった部屋を見渡し、独り言を呟き、ふぅと息を吐いた。

ザーっと鳴り続ける雨の音。
冷蔵庫が稼働する機械の音。
それだけが、リビングに響き、日和の鼓膜を振動させ、何とも言えない侘しい気持ちが込み上がる。
6月の梅雨らしい肌に張り付く様なじめっとした湿気に、汗をじわり……とかいた日和は、不快さに眉間に皺を寄せ、エアコンのリモコンボタンを押した。
そう言えば……と照明を付けていない事も思い出し、パチッと明かりを付けると、華が咲いた様に、部屋が明るくなった。
薄暗さがなくなったおかげで、部屋の空気が、ふわっと軽くなった気がした。


「テレビ、テレビっと」


夕方のこんな時間はニュースばかりだ。
録画していたお笑い番組でも観ようと、日和はテレビのリモコン片手に、ソファーへと、どすっと腰を下ろした。
彼はどうやら、暑さと湿気により、未だ下着すら穿こうと思っていない様だった。


「ぷっ、わっはっはっ!」


関西人の大物司会者のツッコミに、『ナイス!』とばかりに、日和が声を出して笑う。
さっきは少し物寂しさを感じていた彼だったが、今は何だかんだで一人を満喫していた。

日和がテレビを見始めて、15分ぐらい経った頃だろうか。
エアコンが利き始め、肌に当たる空気が寒くなり始めた事に気付いた日和が、ぶるっと身を震わせた。


「うっわ、鳥肌立ってら」


湯冷め状態に日和は、そろそろ服を着ようかと、テレビを一時停止にして、立ち上がった。
そして、隣の部屋にあるタンスへ向かおうとした時だった。


「ただいま」


玄関から聞いた事のある声がリビングに届いた。


「おう、弟よー、おかえり〜!」


服を着るのを後回しにした日和は、隣の部屋とは反対にある玄関へ向かい、帰って来た弟に声を掛けた。
彼は、両親が旅行で居ない間に、弟と昔の様に話しが出来れば……と淡い期待を抱いていた。

折角の二人っきりの兄弟なのだ。
親が居ない時、協力し合わないで、どうする。
そんな思いも、彼にはあった。
しかし、そんな兄の思いは弟には通じず。
開けていた玄関を乱暴に閉めた弟は誰が見ても分かる程、不機嫌オーラを出し、靴を脱ぎ、垂れた目で、兄を下から睨み付けた。


「オイ。服、着ろよ」

「今、ちょうど着ようと思ってたんだって」


まるで彫刻像の様な陰影が付いた艶やかな肢体を惜しげも無く披露している日和に、咲良が吐き捨てる様に呟く。
こんな咲良の姿、普段の温和な彼を知っている人たちが見れば、気絶モノだ。

しかし、兄である日和は、動じず。

まあまあ落ち着け……とばかりに淡々と、冷静に、咲良の頭を撫で、服を着る為に別室へと向かった。


「……ハッ、ははっ、馬鹿な兄さん」


日和に宥める様に頭を撫でられた咲良の眸が色情に染まる。
乾いた笑いを洩らした咲良は、弟が兄に向けるモノには相応しく無い感情を今、抱いていた。


「俺に近付こうとする、アンタが悪いんだからな」


小学6年の時に、抱いた違和感。
それが良からぬ、絶対抱いてはならぬ禁忌的な感情だと気付いたのは、それから直ぐの事だった。

気付く切っ掛けは単純だった。
彼は夢に出て来た兄を欲望の儘、犯したのだ。

夢から醒めた瞬間沸いた背徳感と高揚感。
ドッドッドッ……と忙しなく鳴る心臓。

泣きそうになりながらも。
上布団を握り締めながら、彼は何とも言えない感覚に襲われていた。
夢の中での兄は、咲良が厭らしく触れると乱れに乱れ啼き。
後ろめたさを忘れる程の色香を放っていた。

ごくりと鳴る喉。
気付けば、咲良は己の分身を一心不乱に扱き上げていた。
果てた後、急激に襲った罪悪感に咲良の心は、蝕まれた。
それから彼は、兄を必然的に避け始めた。

人の道を外してはいけないと。
不可侵である領域に触れてはいけないと。

しかし、兄はそんな弟を許さないとばかりに、何かと関わろうとして来た。
無視をしても、話し掛けて来る。
反抗期だからと、一定の距離は保っても、やはり顔を合わせば、快活に笑い掛けて来るのだ。

燻り続けた弟の熱情は。
彼の成長と共に熟成され、最早、爆弾と化していた。
導火線は、もう残っていなかった……。



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