【delicious×blood×charm】(デリシャス・ブラッド・チャーム)

□■第二夜■
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「は〜、でも良かった。直ぐ痛くなくなるみたいで。俺、初めてだし、痛いのは嫌だし怖いしな」

「俺は上手いからな。優しくしてやるから安心しろ」


コーヤがニヤニヤしながら含みのある言い方をする。


「っ!」


コーヤの言葉により、朋は、自分の言い方がまずかった事に気付いた。


「お前、態とだろっ」

「あ? お前があんな言い方するからだろ〜」

「っ」


またしても振り回された。
朋は、コーヤを上目で睨み表情をムッとさせた。


「んな事言うなら、飲ませねぇーぞ」

「じゃあ、護らねぇーぞ」

「う゛」


売り言葉に買い言葉。
コーヤに言い合いで勝てそうに無い。
それに気付いた朋は項垂れ、「はあ」と溜め息を吐いた。


「あー、もう良い。とっととコウモリになって吸えよ」

「ほいさ〜」


投げ槍気味に朋が言うと、コーヤが返事をした。
彼は、ぽふんっと、コウモリの姿になると、机にぺしゃんと羽を伸ばして倒れた。

大きな大きな円らな眸に、フニフニと動く鼻。
ピクピク動く耳に、愛らしい後ろ足。
黒くて、両の掌にすっぽり収まるちっちゃな姿。
朋はその姿に思わず目を細め、コーヤの頭を右の人差し指で何度も何度も撫でた。


「はは、可愛いな、お前」

「キュ〜」

「っ!」


コーヤから鳴った高くも可愛い声に、朋は一瞬止まり、表情を一気に緩めた。


「あー、もう、お前、このまんまで居ろよ〜」


可愛くて仕方がないのだろう。
コウモリ姿のコーヤに、朋は完全に骨抜きにされていた。
癒され、緊張は解れていた様だった。


「キュキュッ」

「ああ、ごめん、ごめん。お腹空いてんだよな。ほら、指噛んで良いぞ」


催促する様に鳴かれた朋は、コーヤの前に、左の人差し指を差し出した。
コーヤは、羽の付いた前足で、朋の指を掴み、その指に二本の牙を突き刺した。
朋は、ブツッと、指に走った鈍い痛みに、顔を顰めた。
が、一瞬にして痛みが遠退いたのか、彼は、安堵の吐息を直ぐに洩らした。


「ははっ、美味いか〜?」


間延びした声で、コーヤの羽を撫でながら、朋が訊ねた。
すると、ぽふんっと、コーヤの姿が元の姿に戻った。


「はー、はあー……っ、」

「……コーヤ?」


まだ50も吸っていない。
早すぎる戻りと、コーヤの異様な状態に朋は不思議そうな顔付きになった。


「あ゛? うッ、く、そっ、な……んだ、コレ……っ、」


襲い狂う快楽。
雷に打たれたかの様な錯覚。
芳醇な血の匂いに犯された鼻腔。
コーヤの理性が芯から焼き切れ、昏い深淵へと飲み込まれて行く。
この香りや作用は、まるで男を惑わすフェロモン。
舌で踊り弾けた未知の味は極上。
喉から食道を流れた血。
それが胃に入った刹那、一気にコーヤの全身の血流が速くなり、心臓がドクンッと高く跳ね上がる。
どくんどくんと激しく刻み込まれる鼓動。
全身が歓喜に打ち震え、眸の中の瞳孔が開く。
頬は朱に染まり、息がはあはあと上がった。
悦楽の世界へと招待されたコーヤ。
体躯がふわふわと宙に浮いた様な感覚と、天国に昇った様な感覚に、天井を仰ぎ見ながら、彼は恍惚の表情を浮かべた。
少しして、彼は目をすーっと閉じた。
完全に、自我を喪失していた。


「っ、お前どうし……っ!?」


どう見ても、コーヤの様子がおかしい。
心配になった朋が声を掛けると、膝立ちになったコーヤが、すっと朋に目を遣った。
朋はその変化に、凍り付いた。

妖艶で真っ赤なルビー色の眸。
薄く開けた口から見えた二本の鋭い牙。
尖った耳に、伸びた爪。
その姿は、何処からどう見ても吸血鬼の姿で。
朋は身の危険に腰を浮かせ、後退った。
彼の顔は血の気を失い蒼白になっていた。


「っ!」


どすっと鳴った音。
逃げようとした瞬間、朋はコーヤに押し倒された。
視界に天井が見え、彼の時が止まった。


「はー、はーっ、はー……っ」

「ひっ、い、嫌だっ、コーヤ!!」


先程までの余裕がコーヤから消えている。
朋は、震えた手でコーヤの胸元を押し、身体を捻って、抵抗を示した。


「っ、コーヤ! 晃哉! 目を覚ませっ!!」


覆い被さるコーヤの赤く紅い欲の孕んだ眸。
朋は、別人になったコーヤに恐怖を感じていた。
身体は戦慄き、声は震えていた。
しかし、それでも彼は必死に眼前の人物の名前を叫び続けた。



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