【短文】
□【惚れた腫れたより質の悪いもの】
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「別に何でもねぇ。それより高校入ったらモデルのバイト増やすから」
響は話を逸らした。バイトの話を持ち出した。
「生活は何とかなってんだから、別に増やさなくても」
「声が掛かってるうちに稼ぎたいだけだ。モデル一本でやってけるとは思ってねぇ」
響は見目麗しく育った。
中学生のうちに、瞳の色が茶から灰に変わった。
長い睫毛に大きな瞳。高い鼻梁に薄い唇。
思わず見惚れる程の顔。しかも最近は身長が一気に伸び、その上、体まで鍛えている。
お陰で、街に出ると毎度スカウトされる様になった。
「気持ちは固いのか?」
「固いな」
「分かった。じゃあ響の好きな様にして良いぞ。遅くなる時は迎えに行くしな」
「サンキュー」
響は礼を述べた。迎えは素直に嬉しかった。
「どういたしまして」
仁はにっこり笑った。
良い子に育ったものだと、感慨深く思った。
「風呂入って来る」
ケーキを食べ終えた響がそう言うと立ち上がり浴室へ向かった。この時仁は洗い物をしていた。彼は一度手を止め響に顔だけ向けると「はいよー」とだけ返事をした。
* * *
響の誕生日から半年経った。
響は高校生になっていた。モデルのバイトは順調だった。
順調過ぎて、テレビ出演のオファーまで来る様になった。
響は当然の如く、断った。興味が無く、仁と会える時間が少なくなるのが嫌だったからだ。
響は仁と親子で無い事を悲しく思っていた。一歳の時から言われていたが、言っている意味を理解したのは五歳になってからだった。
思春期は多少なりとも反抗したが、響は実に良い子に育った。
彼は育ての親である仁に感謝すらしていた。
文武両道、性格良し、顔良し、180越えの高身長。そんな響はやはりと言うべきかモテた。
しかし告白されても付き合った事など一度として無かった。モデル仲間の女性を抱いた事はあっても、あくまでも遊び止まり。
心にはずっと決まった相手──仁が居た。
自覚したのは十二歳の頃だった。
相手は育ての親であり、男。
響は悩みに悩んだ。十三歳になった頃、堪らずバイだと公言しているモデル仲間に相談した。
すると夜の街に連れて行かれた。響は其処で働く人たちと話をした。自分の悩みなどちっぽけに感じた。
開き直ってからは仁と距離を取らなくなった。寧ろ、積極的にスキンシップをとった。
ただ風呂にだけは泣く泣く一緒に入る事を止めた。
下半身が反応するのだから、仕様が無かった。
入浴を断られる様になった仁は、誰が見ても分かるぐらいへこんでいた。響はそんな姿にぐらっとなったが、耐えた。
響の募る想いは日に日に増していった。
仁の無防備な姿に何度煽られ手を出そうとした事か。
ソファーでぐっすり寝ている時は、我慢出来ず何度か口付けた。
響は何か切っ掛けがないかと、様子を見ていた。機会があれば、仁を手中に収めるつもりでいた。
幸い、仁はモテなかった。脇役にしか成れない様な容姿な上、刺激が無く、女性相手だとトーク力が落ちるからだろう。
人として尊敬出来、一本芯が通っていると言うのに。
不義で出来た子を我が子として育てる程の度量を見せ、出来ない料理を子の為に勉強する程、頑張り屋なのに。
響は周囲の女性は馬鹿だなと思った。
故に、仁に見合い話が出た時は大丈夫だろうと思っていた。
動揺はしたが、縁談は進まないだろうと踏んでいた。
案の定、仁は三ヶ月で彼女と別れた。
仁は営業部長の顔を立てる為だけに付き合っていただけだった。
別れを切り出したのは、狙いが響だと気付いた仁からだった。
彼女は質が悪く隠しもしない様な女性で──。
仁とのデートの度、響の事を聞きだそうとした挙げ句、顔合わせもしたいと言うのだから、堪ったものではなかった。
仁は別れないとごねる彼女に辟易した。
仕方無く営業部長に相談し、間に入って貰った。
部長は頭を下げ「従兄弟に、娘に良い人をと頼まれたとは言え申し訳無かった」と仁に言った。仁は「いえいえ」と言い、その場を丸く収めた。
そう。綺麗に別れる事が出来た筈だった。
この日、仁は仕事が長引き帰りが遅くなった。
二十二時に一軒家の我が家に辿り着き、ドアを開けた。
「ただいま〜」
玄関で靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
響からの返事は無かった。
仁は首を傾げた。モデルのバイトが終わった時間から考えて、帰って来ている筈なのに。
何処か寄り道でもしているのだろうか。
そう思った時だった。
リビングから、がたっと音がした。
血の気が引いた。足が竦んだ。どうすれば良いのか分からず、途方に暮れた。
「ひ、響?」
もしも響が帰宅していたとしたら。
悪漢と鉢合わせしているかもしれない。
仁は傘立てから傘を取り、再びリビングへ向かった。
「響、大丈夫か?!」
開き戸を開け、勢いよく突入する。
「!」
仁は目に飛び込んだ光景に絶句した。
「仁っ、助けてくれっ」
響が助けを求める。
彼は女性により、ソファーに押し倒されていた。
よくよく見ると、親指同士を結束バンドで繋がれ拘束されていた。
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