【短文】

□【惚れた腫れたより質の悪いもの】
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「あんた、何してんだ!」


仁は我に返った。響を助けようと上半身下着一枚になっていた女性を羽交い締めにした。


「は、放してよー!」


女性は藻掻いた。マウントしていた響から強引に引き剥がされ、叫んだ。


「何でこんな事になってんのか分からないが、嫌がる高校生相手にこんな事……あんたは犯罪者になりたいのか?」

「わ、私はただ響くんに会いたくてっ」

「仁。その女、鍵掛けてたのに勝手に入って来やがった」

「…………は?」


施錠していたのに入って来た。と言う事はつまり。


「中山さん、貴女もしかして……」


仁は女性の事を知っていた。見合い相手だった。


「俺の鞄から鍵を抜いて合鍵作ったのか?」


仁の顔色が悪くなる。デートの際、席を立った事は幾度と無くあった。鞄は椅子や机に置いていた。
正か、その時に鍵を抜いたのか。
考えてみれば、別れる少し前彼女が「自宅の合鍵を作りたい」と言って鍵屋に鍵を渡しているところを見た。
合鍵は複雑な物で無い限り、直ぐに出来る。実際、その時も少し待てば出来上がった。
後はこっそり鍵を鞄に戻せば良い。不可能な事では無かった。


「だったら何よ。あんたが何時まで経っても響くんに会わせてくれないからじゃないっ!」


女性は悪びれる様子も無かった。ヒステリックに叫び、暴れた。


「響、110番出来るか?」


部長には悪いが、響を襲ったのだ。容赦出来ない。


「まあ、何とか」


響は立ち上がった。拘束は親指だけだったので何とか連絡出来そうだった。


「け、警察だなんて嘘よね?」


先程までの威勢は何処へやら。女性の顔色が土気色になる。


「あんた、不法侵入してるのに何言ってんだ?」

「私はただ響くんに会いたかっただけで……」

「会いたいだけ? じゃあ何であんたは上を脱いでるんだ? どうして響を押し倒してたんだ?」

「っ、」

「しかも床に転がってるのスタンガンだよな? これ使って響を襲ったのか?」

「ごめんなさいっ」

「謝って済むなら警察はいらないんだよ。もう、観念したらどうだ?」

「どうしたら許してもらえますか?」

「響を傷付けたんだ。何をしようと俺は許さない」

「っ、」


女性は項垂れた。抵抗を諦め、身体の力を抜いた。


「響、大丈夫か?」

「ん、まあ、大丈夫」

「そっか。良かった」


思ったより、響はけろっとしていた。
トラウマになったら事だ。
仁はほっと胸を撫で下ろした。


「にしても、遅いな」


通報してからかれこれ十五分経った。
響の拘束と女性の拘束を解き見張っていたが、来る気配が無い。どう考えても遅過ぎる。


「あー、ごめん、仁。実は警察に連絡してない」

「は? え?」


少し前にスマホを使い連絡しているように見えたがフェイクだったのか。
仁は意味が分からず、きょとんとなった。


「ほら、俺の職業柄な? 警察沙汰にはあんましたく無ぇーんだ」

「そう言う事か」


仁は納得した。言われてみればそうだ。
響のバイトはモデルなのだから、警察沙汰にしたくないのは当然だった。


「ま、警察来るかもって今の今まで怯えてたし、いい薬にはなったんじゃねーか」

「……お前、言わなかったのは態とか」

「へへへっ」


響は態とらしい笑い声を上げた。どうやら図星だった様だ。


「そうか。警察を呼べないとなると……」


都合が悪いからと言って、この儘女性を解放する訳にはいかない。
彼女の様なタイプの人間は、ある程度の制裁を与えないと、また同じ様な事をする。
仁は考えた。どうすれば良いのか頭を回転させた。


「申し訳ございませんでした」


結局出た答えは、部長に連絡する事だった。
部長は直ぐに女性の両親に連絡を入れ、三十分程で坪井家を訪れた。


「皆さん、顔を上げて下さい」


年配にされる土下座は心苦しいものがある。
仁は土下座を止めて欲しいと頼み、取り敢えずはと、女性を両親に返した。


「今日は遅いですし。謝罪はまた今度で良いですか?」

「坪井くん、本当にすまない」

「部長は悪くないですよ。責任感じないで下さい」

「いや、彼女の性格を見抜けなかった私にも責任がある。謝罪には私も参加させてくれ」


部長は言い終えた後、女性とその両親にちらっと目を遣った。
顔に泥を塗りやがってという思いもあったのだろう。目付きが鋭かった。


「それでは失礼する」


部長たちが玄関先で深々と頭を下げる。
女性は終始泣いていて、父親に後頭部を持たれていた。
和解方法は慰謝料有りの示談に決定した。
被害届は出さない運びとなった。
四人は響と仁に、感謝しつつ帰って行った。


「さて、風呂も沸いたし入るか」


事件から二時間経った。
部長の家が車で三十分だったお陰で比較的早く事が片付いた。
時計を見れば、零時を回っていた。


「響、久しぶりに俺と一緒に入るか?」


仁はソファーに寝そべりスマホを弄っている響に声を掛けた。


「なーんてな。嫌に決まって……」

「そうだな。久しぶりに一緒に入るか」

「え?」

「そんな吃驚する事か?」

「や、正かオッケーしてくれると思わなくてな。つーか何年振りだ?」


旅行先での温泉ですら、響は仁と時間をずらし入っていた。
なのに、断られる前提で声を掛けたら了承された。
仁の目が驚きと嬉しさにより丸くなった。



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