ボーカロイド

□ペテン師が笑う頃に
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〜Part1〜

追っ手の足音が聞こえる。
まずい、近いな。

僕は桂僞 翔。ある組織付きで仕事を任されている。

だが、今夜はターゲットを深追いし過ぎた。

そして挙句に敵に正体を知られて追われる始末。

相手が悪いということもあったが、詰めを誤ったのは僕のミスだった。

いつもなら追っ手を巻くのなんて容易いことなのだが、この日はそうはいかなかった。

逃げる途中に右脚を撃たれ、致命傷を負わされていた。

「くそっ……! どうすれば」

早く戻らなければならないのに、足が動かない。

だから今、こうして路地裏に隠れ、物陰で息を殺している。

なんて無様だ。


僕には親がいない。

孤児院を逃げ出し、路頭に迷っていた所をある男に助けられた。

まさか、その男がマフィアの親玉だったと誰が想像できるだろうか。

僕はその男からあらゆる知識を徹底的に叩き込まれた。

今ではその男、ボスに最も信頼され、仲間には一目置かれている存在だ。

その僕が、こんな……。

追っ手の足音が遠のいて行く。

見つからないと諦めたのか?
それとも罠か?

警戒して、しばらくそこにじっとして様子を伺う。

本当にいなくなったようだ。

少し緊張を解き、足から弾丸を無理矢理引き抜いて素早く応急処置をする。

血の跡を辿られないよう撃たれた直後すぐに止血しておいたこともあって、それ程時間はかからなかった。

だが、安心するのはまだ早い。

早く拠点へ戻って手当してもらわなければ手遅れになる。

足一本は致命的な損失だ。


ここから少し離れた所に、仲間がいるホテルがある。

ようやく立ち上がり、壁に寄りかかりながら歩く。

鈍い痛みに何度かうめいたが、それでも人気の少ない裏通りに出ることが出来た。

と、急にめまいがして、その場に膝を折った。

血を失いすぎたか?

いや、それはない。
止血したんだから。

……まさか!

さっきの弾丸に毒が……⁉

体が痺れて感覚がだんだん麻痺していく。

この感覚を僕はよく知っていた。

それだけに、すぐに弾を取り除かなかった自分が愚かだと感じた。

その場に倒れ、意識が遠のいて行く。

誰かの声が聞こえる。

以前、仲間の一人が、人は死ぬ前に幻聴が聞こえることがあるらしいと話し、自分はそれを馬鹿にしていたことを思いだした。

僕は……死ぬのか。

無意識に声の聞こえる方へ顔を挙げた。

毒が廻ったせいか、景色が赤く見えた。

眼界に広がるのは、紅色に錆びた空だった。
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