読み物

□ホンモノ
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人の逆鱗と言うのはどこにあるのか分からないものだ。


「くのいち教室のことは、いくら学園内のことでも手出し無用です。」
「だから黙って見ていろと?その言葉、最悪の状況になっても言えるんですか?」
「それは…」
「いくら生徒間のことは生徒たちが解決するまで手出ししないとはいえ、いくらなんでも楽観的に捉え過ぎです。何より…」

「私の目の届く範囲でそんな馬鹿げたことをする者がいるなど、許すはずないじゃないですか。」

それはある男の逆鱗の話。



強い力と言うのは、決して身を助けるだけではない。
差別を、迫害を受ける可能性すら孕んでいるのが強い力。
そんな力を持っている者が、くのいち教室に一人いた。

「君だね。霊能力を持っているくのたまは。」
「土井…先生?」
「私の友人が君に話があるんだ。許可は取ってあるから教師の長屋まで来てくれるかい?」
「は、はい。」

その子は力は強いものの、制御が上手くいっていなかった。
視えないようにすることも、関わらないようにすることも出来ずにいた。最悪の事態にはまだ至ってないが。
しかし、人間関係の最悪な事態はすでに起こっていた。

(何が霊感よ。どうせ目立ちたいがために嘘でも言いふらしてるんでしょ?)
(うわ、あいつ何もいないところ見てる。気持ち悪い)
(あんなやつ無視しよ。気味悪いし)

心無い言葉。痛々しい視線。いわゆるいじめが横行していた。
ただ単にいじめをしている場合は学園側から処分が言い渡される。しかし、今回はそうじゃない。
処分を決めたのは、半助だった。彼女たちは、知らず知らずのうちに彼の逆鱗に触れてしまっていたのだ。





「面白い話をしましょうか。」

その日はずいぶんと蒸し暑い日であった。
くのいち教室教員・山本シナは、暑さにだれている生徒を見てそう切り出した。
ぽつりぽつりと、言葉をつぐむ。


これは一年は組教科担当・土井半助の実体験だと言う。
彼は学園の教員をしていると同時に、ポケモン世界で捕獲屋として活動もしている。
大体は一人、もしくは兄弟子と共に仕事に向かうことが多いが、たまに認定トレーナーと組むこともある。
そのうちの一人、鵺野鳴介と組んで仕事に行った時のことだと言う。

シンオウと言う北の地方に、ハクタイの森という場所がある。
うっそうと生い茂る木々のせいで、昼でもどこか薄暗い。深い森ではなく道もある程度整備されているから、迷うことはないとのこと。
そのハクタイの森には、ハクタイシティという町側の出入り口付近に、不気味な洋館が立っていると言う。洋館とは、南蛮様式の屋敷のことだ。
元々はハクタイの森に生息しているという色違いのポケモンの保護と、そのポケモンを狙う悪質なトレーナーを捕まえるために行った。仕事は早々に終わり、ハクタイ側の出入り口に近いこともあってそこから帰ろうという話になった。
しかし、帰る直前になって二人ははぐれてしまった。
さっきも言ったが、ハクタイの森は決して深い森ではない。道も整備されている。なにより、相棒のポケモンたちがいるのにも関わらず、はぐれてしまうのはおかしい。シンオウ地方を巡った経験がある二人だから余計に不思議だ。
実を言うと、この時半助にははぐれた後からの記憶が無かったと言う。気付くと鳴介に腕を掴まれ、森の出口にいたというのだ。

あまりにも不思議に思った半助は、自身の手持ちのフーディンに何があったかを尋ねた。フーディンは高い知能を持つポケモンで、字は書けないものの電子機器で字を打ち込むことは出来るとのことだ。
書き上がったものを読み進めると、どんどんと真っ青な顔になる半助。そこにはこう書かれていた。


はぐれる直前から、マスター(主である半助のこと)の目がどんどん虚ろになっていった。
鳴介が少し目を離した隙に、その場を離れる。しかも、我らのボールのロックまでかけてしまった。
ふらふらと憶測無い足取りで辿り着いたのは、ハクタイの森にある洋館。無人となった今、野生のポケモンたちの住みかとなってしまっている場所である。
普段は立ち入りを禁止されている場所のはずなのに、その時は洋館の入り口を締め切るものが何もなかった。
我らは嫌な予感がした。人ではない我らには動物にも似た勘が存在する。何より我は目に無えぬ力、エスパータイプのポケモン。薄らと見えるは…

大きな黒い靄であった。

あれはまずい。引き込まれてしまえばマスターの命が。そう思った瞬間。
鳴介の手がマスターの腕を捉え、引き留めた。
彼は靄の見える方向に何かを呟き、持っていた塩を取り出してマスターにさっとふりかけた。
マスターの意識が戻ったのは、その後のことです。


読み終わった後、半助は鳴介にあの時何があったのか、自分に何をしたのかを問うた。

「もう何が元になったのか分からないくらいめちゃくちゃになった『何か』としか言いようがない。お前を自分の仲間にしようと、取り込もうとしてたんだよ。」
「な、なんで!?私がああいうのに引かれる理由なんて…」
「そういうのは背中に張り付けた『それ』を引っぺがしてから言え。」
「……え?」
「忍者の仕事、してきたんだろ。張り付いてんぞ。数体。」
「!!!」

『それ』のせいで死にかけたのだと、その時知った。
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