番外編

□じゅーく
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夏休みも後半になり、合宿を目前に控えたある日。ボクたちバスケ部はいつもミーティングで使っている教室を開けてもらい、勉強会をしていた。というのも、火神君を筆頭にほとんどが夏休みの課題の進行状況が思わしくなかったからだ。この調子では家に帰ってもしないだろう、というカントクの意見で今日に至る。

先輩達は二年目なだけあってボクたちよりは進んでいて、一段落したからとさっきカントクと共に休憩しにどこかへ行ってしまった。今はボクたち一年しかいない。

最初こそ真面目にやっていたが、やはりというか、なんというか。


「火神君、起きてください」

「…ねみい」


火神君が限界だった。うつらうつらと舟を漕いでいる。


「まあ気持ちは分からなくもないけどな」

「これ吹奏楽部か?なんかもう子守歌みたいだよな。何の曲だろう?」


他の人たちもときどき欠伸を噛み殺している。ボクも欠伸こそしていないものの、問題文の内容が全然入ってこない。運動した後こんなクーラーの効いたところでじっと座っていると誰だってうとうとしてしまうのだろう。
それに、さっきから聞こえている音楽がゆっくりした綺麗なメロディーで余計に眠りを誘う。


『…あ』


桐谷さんが急に顔を上げた。


「どうしたんですか?」

「え?あー、この曲聞いたことあるなーって思ってて、今思い出した」

「何ていう曲?」


降旗君が少し興味を持ったようで、尋ねた。


「いやタイトルは忘れたけど、これ中学の時1コ上の人らが歌ってたやつだ。テストの裏に夢をかいて紙ヒコーキにして飛ばすとか、そんなのだった気がする」

「何だよそのアバウトな説明」

「だって去年とはいえ合唱祭で他の学年が何歌ったとか覚えてないし」


火神君のツッコミもはバッサリ切り捨てられた。今度は河原君が身を乗り出して聞き始めた。


「合唱祭?」

「あ、うん。各クラス課題曲と自由曲と2曲歌って、校長とかおばさん合唱団の人が審査して順位も出んの」

「へー、そんなのあったんだ」

「まあね。私ピアノやってるから伴奏とかやってさ、体育館のピアノ古いから弾きにくかったなあ」


そういって桐谷さんは懐かしそうに遠くを見つめた。













桐谷さんの話を聞いていて心に浮かんだのは帝光の学園祭だ。それも、バスケ部のみんなといるのが楽しくて、一番輝いていたときの。この先に起こることなど考えもしていなかったあの頃。

…彼らは今、どんな思いでいるのだろうか。何を思ってバスケをしているのだろうか。
パスの取り方を忘れてしまったと言った、あの時の彼の顔が、まだ忘れられない。




「おい!黒子!!桐谷!」


名前を呼ばれてハッと顔を上げた。


「急に二人とも黙るから何事かと思ったぜ。どうしたんだよ」


桐谷さんと目が合った。なんとなくだけど、同じようなことを考えていたのではないだろうか。


「ちょっと考え事をしてました」

『私も』

「んだよそれ?」


火神君の問いに二人で曖昧な笑みを浮かべる。納得できないという顔をしている相棒にどうしようかと思ったその時。


「「ぶはっ!!」」

河原君と福田君の笑い声がした。どうやら降旗君が何か落書きしたみたいだけど、一体…?


「見よ、降旗光樹自信作、“火神タイガー”!!」

「『!?』」


降旗君が持っていたノートには虎のイラストが描かれてあった。眉毛が2本に分かれ、目つきが悪く、赤ペンで描かれたそれが何かだなんて、考えるまでもなく明らかで。

「ふっ…!!」

『くっ…!!』

「…ふざけんなああああ!!!」


火神君が降旗君に文句を言っている。それを笑いながら見ていると、降旗君と目があった。彼は、火神君に気づかれないようコッソリと、優しく笑った。
ハッとして河原君と福田君を見ると、二人も同じように笑っていた。
彼らは気付いたんだ。ボクが、ボクたちが、さっき考えていたことをあまり話したくないと。その上で話の流れを変えてくれたんだ。


今のは、先輩たちと同じような雰囲気だった。


不思議な感覚にとらわれていると、急にドアが開いた。


「おいお前らちゃんとやってんのか?」

「ゲッ、キャプテン!!」

「ゲッってなんだ。って、やっぱり全然進んでねーじゃねーか!!」

「全くバ火神は…」

先輩たちが帰ってきた。

「ん?なんだコレ」

「フリが描いた火神タイガーです」


福田君の説明に、先輩達は絵と火神君を見比べ、そして爆笑した。

「なんだこれ!!微妙に似てる!!!」

「なんかキモい!!これが噂のキモカワ系なのか!?」


予想以上の反応に降旗君は驚くが、当の本人はやっぱりいい気持ちはしないようだ。

「なんだこの感じ…別にオレじゃないのになんかフクザツ…」

「「「「『ドンマイ(です)』」」」」

「お前らなあ…!」


火神君から逃げるためにミスディレクションしようとしたら、主将がこっちに来た。


「まあまあ落ち着けって。ほら」


そう言って主将がくれたのはアイスのファミリーパックだった。どうやら近くのコンビニに行っていたらしい。


「それ食ったらちゃんと集中してやれよ」

「え、いいんすか!?」

「おう。どうせそろそろ限界だろうなと思ってたからな。特に火神」

「う…」


言葉に詰まる火神君を見て、みんな笑った。最初はむくれていた火神君も結局笑った。ボクも笑った。



ここに来て、この人たちと同じチームになれて、本当に良かった。





「黒子、早くしねーとお前の分なくなんぞ!」

食べ物となると切り替えの早い相棒の呼ぶ声に、彼らの元へ駆け寄った。

「僕のバニラ食べたらイグナイトですからね火神君」

「なんでオレだけ!?」

「「「自分の食べる量を考えてみろ」」」









別に、さっき言い淀んだのは、彼らに話したくなかったからではない。ただ、あまりに急すぎて、どう言っていいのかわからなかった。

けど、ボクが「聞いて欲しい」と言えば、みんなはきっと真剣に耳を傾けてくれるのだろう。それが、どうしようもなく嬉しい。ボクが仲間として思われていることが、そう感じられることが。







今度は、今度こそは、彼らを倒すんだ。

再び楽しくバスケをできるようになったボクが、誠凛のみんなと共に、日本一を掴み取ってみせる。















決意を新たにした、夏の終わりの午後のこと。


2014/8/23
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