日々是好日なり

□五月二十八日・参
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 目を覚ますと自分の部屋の天井が目に入った。今日は雨こそ降っていないものの、ずっと太陽は隠れている。真夏のようなじめじめさはまだなく、庭に響く虫の音と合わさって初夏の夜らしい涼しさを感じる。布団の暖かさが心地いい。
 僅かな灯りの方へ顔を向けると、隣の仕事部屋の向こうで鶴丸が縁側に座っているのが見えた。視線に気付いたのか、こちらに歩いてくる。

「起きたか。体は平気かい?吐き気とか頭痛とか」
「うん、大丈夫…」
「なら良かった。いくら主役だからって飲み過ぎだ、全く。加州と前田がすぐ気付いたから良いものを……」

 徐々に頭がはっきりしてきた。そうだ、三周年の祝いの宴会で、出し物の後はいつものようにそれぞれで飲みだして、私も加州と前田の間で飲んでて、そこから記憶がない。やっぱりウィスキーと日本酒のちゃんぽんはまずかったな。酒が残らないタイプでよかった。
 加州と前田が鶴丸を呼んでたのは微妙に覚えてるから、きっとここまで運んでくれて布団も敷いてくれたんだろう。…伊達で飲んでただろうに、悪いことしたな。せっかく貞ちゃんが来て伊達が揃った初めての宴会だったのに。

「…ごめん。久しぶりにここまで酔った……」
「まあいいさ。君はいつも呑み方を弁えていたのに珍しいな。みな慌ててたぞ」
「うわー、悪いことしたなあ」

 元々強い方だったから、酒で羽目を外したことはあまりない。…まあ、飲み始めてすぐの学生の頃はまた別だけど。それでも本丸へ来る頃にはもう呑み方を覚えていたから、みんなの前で飲み過ぎで倒れたことはなかった。
 体を起こすと鶴丸が水を渡してくれたので有難くもらう。少しぬるくなっていたが、寝起きにはそれがちょうど良かった。体全体に染み渡っていくのがわかる。

「で?何でまた今日はあんなに飲んだんだ?」
「うーん、そんなに大したことじゃないんだけど…」
「いいから」
「……加州がもうすぐ極かーと思うとグッときちゃって」
「ああ、なるほどな……」
「三年、ずっと一緒にやってきてくれたからね」

 先月から初期刀の極が実装されている。加州の極ももうすぐ来るだろう。なんでひと思いにまとめてやってくれないの政府。ドキドキしすぎて死刑執行を待ってる気分なんですけど。先週は蜂須賀の極が実装されて、蜂須賀初期刀の友達の生死を心配した。溶鉱炉に親指立てて沈む幻覚が見えたよ。陸奥守初期刀審神者はあもう仏のような顔して過ごしているらしい。

「…加州の極は楽しみだし、絶対行ってもらうことになるけど。…でも、少しこわくなって、さ」

 安定もだけど、加州は元の主との思い出が大きい。うちの最古参として周りにそんな気持ち悟らせないようにしてるけど、心の中ではいっぱい葛藤してきたと思う。三年間そんな話もたくさんしてきたけど、きっと心の奥底に入れている
 ……加州を信じてないなんてことはあり得ない。でも、極めたらどうなってしまうのか分からない。それがこわい。…正直、加州がいなくなったら、審神者を続けられる自信もなくなりそうで。

 そんな思いがいろいろごちゃまぜになって、誤魔化すようについ手当たり次第に飲んでしまった。加州やみんなが心配するから、気を付けないと。

「…まあ、確かに加州がいないと本丸が崩壊するからな」
「でしょ?」

 新人のお世話、日々の家事や内番、戦の編成、仲間や私のサポートと、加州の仕事はたくさんある。本当に頭が上がらない。今日も実は別でプレゼントにマニキュアのセットを渡してて、すごく喜んでくれたんだけど、本当は丸一日休みにして現世に買い物にでも連れて行きたかった。それくらいしないと加州の仕事量の割に合わない気がする。
 まあ同じく古参でカンストして極めてずっと前線で戦ってる前田もなんだけど。

 そんなことを話すと、鶴丸は一度こっちに仏頂面を向けてまたすぐ前に戻した。その余りにもあからさまな態度に、思わず吹き出した。

「鶴丸って寂しがりなところあるよねー」
「うるさい」

 少しむず痒い気持ちになりながら、手を伸ばして頭を撫でる。頭を少し傾けてきた割には不本意そうな顔で、思わず「ふはっ」と笑うと更に眉間の皺が深くなった。

「鶴丸だって頼りにしてるよ」
「はあ…知ってるさ」

 …ちょっとからかいすぎたかな。
 大きなため息をつく鶴丸に体重を預けるようにもたれかかると、肩を引き寄せて抱きしめられた。重なる心音と伝わる体温は、いつもホッとさせてくれる。

「……きみにとって、加州が特別な存在なのは知っている。他の奴らも、それぞれ大切に思っているのも、主として俺以外を優先する時があるのも分かっている」
「うん」
「分かってはいるが…そうだな。きみの審神者としての一番刀が、羨ましくなったのさ」

 欲張りだろう?と笑う鶴丸に千年生きてきた余裕が見えて、生きてきた時間の違いを感じる。恋人にしたら面白くなかっただろう。
 「…ごめん、ありがとう」と言うと「きみが弱音を吐いてくれるのが俺で嬉しいから、それで相子だな」と抱きしめる腕の力が強くなった。

 しばらく二人して虫の声に耳を澄ませていたが、どちらからともなく体を離す。欠伸を噛み締めると鶴丸にも移って大きく口を開けていて、顔を見合わせて笑ってしまった。
 もうすぐまた楽器集めが始まるみたいだし、ちゃんと寝よう。寝巻を取りに立ち上がると「俺も着替えてくる」と鶴丸もお盆を取って立ち上がった。どうやら今日はこっちで寝るらしい。

「ああ、そうだ」
「ん?なに?」

 一瞬で重ねられた唇にビックリして固まった。
 驚いたか、と自慢げな顔が腹立たしくて、脇腹に一発お見舞いした。今年は驚かせないんじゃなかったのかこの野郎。

 加州の極で泣いてしまうかもしれない。でも、どんな加州でも私の大事な初期刀であることに変わりはない。もし、万が一、加州が変わってしまったとしても、本丸には他のみんなもいるし、何より寄り添ってくれる鶴が一羽、ついている。
 だからきっと、四年目も大丈夫だ。






(2018/05/28)



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