家庭教師ヒットマンREBORN! 短編

□所詮はこんなもので
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※死、病み





ポタポタと。

手に持つナイフから血が滑り落ちた。

空気に触れて黒ずんだ血がカーペットに赤いシミを作る。


「ん゛ー!! ん゛んーっ!!」


猿ぐつわをされた沢田君が、目に涙を浮かべて唸る。


ああ……悲鳴も満足にあげられないんだね。


「ごめんね。声を出されると見つかっちゃうから、我慢してね」


優しく微笑みかけると、沢田君は顔を歪める。


沢田君の左肩からは血が溢れだしていた。



私は二年と五十六日前から沢田君のことが好きだった。
好きになった日のことはちゃんと覚えている。
並盛中に転入した私は、沢田君を一目見た瞬間に一目惚れした。


沢田君に、想いを寄せたのだ。


引っ込み思案な私に告白なんて不可能に近い。
だから、いつも陰からこっそりと沢田君のことを見ていた。


毎日毎日。
授業中も、登校中も、放課後も、……休日や、沢田君が学校を休んだ日も。


飽きることなんてない。
むしろ、沢田君を見ていると自分の想いがどんどん膨らんだ。
もっともっと沢田君に近づきたいと、そう願った。
願うだけで、実行に移すことは今までなかったけれど。


家には沢田君の写真がたくさんある。
壁に貼ると両親に見つかるから、引き出しの中に、たくさん。
笑った顔も怒った顔も泣いた顔も幸せそうな顔も苦しそうな顔も全部全部全部素敵で綺麗で魅力的で、それを鮮明に写した写真は私の宝物だ。

沢田君の私物も欲しかったけど、さすがにやめておいた。
物がなくなったら、すぐにバレてしまう。
沢田君は勘がいいからなぁ……そんなところも素敵。

ああ、写真を撮っているところを見つかってもよかったかもしれない。
沢田君が私を見てくれるなら、それでも。
沢田君になら、最低だと、気持ち悪いと罵られるのも悪くない。


「んっ……んん……」


「あ……ごめんね、放っておいちゃって……」


まずいまずい、思考が別のところへ行ってしまっていた。

大好きな沢田君を前にして、なにやってるんだ、私。



「さて……」



ナイフの切っ先を沢田君の心臓の上にあてがう。



沢田君はびくりと体を震わせた。――――可愛い、なぁ。



「私ね、昨日、聞いたんだ」


「……?」


「沢田君が、笹川さんのこと、好きだって」


バカだよね。

二年と五十六日も沢田君を見ていたのに、気づかなかったなんて。

他人に教えられて、初めて気がつくなんて。



「私は――――沢田君が、好きです」



一世一代の告白。

沢田君は黙って聞いていてくれる。


「好きな人が別の人を好きだったら、嫉妬するよね」


「ん……っ、ぷはっ!」


猿ぐつわを外す。

自由になった口を動かして、沢田君が言った。


「誰か!! 誰か助け……っ、ん!」


「……声出したら、見つかっちゃう」


空いている左手で沢田君の口を押さえる。



沢田君の唇が、私の手の平に触れてる……ふふ、嬉しいなぁ。



「大好き。大好き。大好き。大好きです、沢田君」



沢田君以外、何も見えない。


沢田君以外、何も見たくない。


沢田君以外、何も見なくていい。



引っ込み思案な私にしては、がんばったと思う。

沢田君を、病院から盗んだ薬で眠らせて、私の家まで運んで、縄で拘束して、邪魔な両親を――……して。


がんばったよね。

褒めてほしいなぁ……頭を撫でられてみたいなぁ……。



――――――でも、もう時間切れだ。



「沢田君のお友達はいい人ばっかりだね。沢田君のこと、必死に探してる。
たぶん……もうそろそろ、ここに来る」


……ほら、噂をすれば。


「――――! ――――っ、――!!」


玄関から声が聞こえる。



早く早く。急がなきゃ。



「大丈夫、泣かないで。私が傍にいるから」


「なんで……なんでっ、苗字さんが、こんなっ……!」


「…………そんなの、決まってるよ」



泣き叫ぶ沢田君の唇を、私の唇で塞ぐ。





――――――――こういうのを、幸せっていうんだね。





「大好き。大好き。大好き。大好き。――――――愛してます、綱吉君」





ズブリ。



ナイフが、綱吉君の胸を赤く染めた。



優しく、ゆっくりと引き抜くと、赤い液体が次から次へと溢れだしてくる。





「…………これで、ずっと一緒だね」





ズブリ。



私の胸も、真っ赤に染まる。



あはは……嬉しいな、綱吉君とお揃いだ。





――――――――遠くで、何かが壊れる音が聞こえた。
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