恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□10話 初秋
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「ねー、愛美」
「なんだい、小百合君」
「夏休みにウチら三人で旅行した時も思ったけど、みずっちってアレがやっぱり素なの?」
「そのとーり!やっと気づいたかい」
「クールビューティーなのは変わらないけど、なんかこう、普段の学校とかとはちょっと違うよねぇ。特にどこがって言えないけど、なんとなく無邪気っていうか…いつもは作ってるってことかなぁ?」
「いやいや、瑞紀はウチとは違うからねぇ。作ってなんかないし、素を隠してるわけじゃないよー。ただ、表に出ないだけってね」
「じゃー、今のアレは?」
「ふっふっふー。あの赤髪少年がいるからじゃないかね」
「え、丸井くん?なんで?」
『それにしても、噂には聞いてたけどこの市場商店街、凄いというか人種と事物のるつぼだな』
「神谷、口開けろぃ」
『な――むぐ…っ』
「このちんすこう、紅イモ味だってよ、美味いだろぃ。こっちに色々あるぜぃ」
『だから、さっきからいきなり口に放り込むのやめろ。美味しいけど。ていうか夕食が入る気がしない』
「お、サーターアンダギーだってよ。食おうぜ」
『花より団子の権化だな、丸井は。とりあえずサンピン茶が飲みたい。ゴーヤ茶とか。どっか無料で配ってないか…あれ。これは確かサトウキビで、こっちは――』
―お譲ちゃん、本土のモンかい?
『あ、はい。修学旅行で…ここは八百屋ですか?』
―まぁねぇ、色々売ってるよ
『今はなにか買えないですけど、八百屋とかの市場を見るの楽しみにしてたんです。食べ物はそこの風土を表すって聞きますし。どれも美味しそうですね』
―そこの彼氏さんがさっきから菓子に夢中だけど、これ、食べてみるかい?
『サトウキビを、ですか?』
―皮を剥いてあげようか…ほら、このまま齧ると良いよ
『え、でもこれは売り物で、せっかく農家の方が育てたのに…』
―その育てた張本人が良いと言っとるんだ。ほれ、遠慮しなさんな
『そうですか。では、有り難く頂きます』
「やぁ、二人とも。なんだか面白そうな話をしてるね。俺達も混ぜてよ」
「おや、これはこれは。黒天使と糸目参謀と変態ペテン師ではないか。君達も高みの見物かな?」
「なるほどのぅ。お前さんこそ、普段は猫を被っとったわけじゃ。怖いねぇ」
「詐欺師は黙りんしゃい」
「俺の口癖を盗っちゃいかんぜよ」
「むしろ何故に変態がここにいるのか意味不明だわ」
「わたし、まさかこの四人と一緒になるなんて思わなかったなぁ」
「神谷と同じ班になる場合、佐藤と藤田も一緒になる確率100%と踏んでいた。こちらとしては、狙い通りというわけだ」
「わぁ…柳くん怖い」
「あれでしょ、あんたら。どっかの女子軍団から逃れるための隠れ蓑って魂胆」
「逃れる?ふふ…戦略的な画策と言って欲しいな、佐藤さん。藤田さんは高校のほうにラブラブな彼氏がいるし、君は特に俺のこと嫌いだろ?」
「嫌い?天下の幸村精市君をまさかぁ…ただの同族嫌悪だよ?」
「それを俗に嫌いと言うぜよ」
「黙れこの変態ペテン師が。瑞紀のことがなけりゃあんたらと一緒になんかいないわ」
「ひどいのぅ」
「ずいぶんだな、佐藤」
「ヤダ、なにこの人達…わたしだけアウェイなんだけど誰か助けて……」
「小百合?瑞紀のことをみずっちって呼んでる時点でアタシの親友で、つまりはイコールお仲間だからね?」
「なんで!?」
「ふむ、話に乗って正解だったな。これは修学旅行中に、良いデータが増えそうだ」
「ピヨ」
『そうだ、サトウキビと言えば…まるいー!』
「なんだよ、神谷。んな大声出して」
『胃袋が四次元なのはよくわかったから、試食ばっか食べてないで、ほら。いつもお菓子な丸井こそ新鮮な原材料の味、知っとくべきだろ』
「サトウキビか?どうしたんだ、これ」
『今、そこの八百屋の農家の人からもらった。もう皮剥いてあるから、このまま齧れって』
「へぇ――お、うめぇ。マジで砂糖の味するぜぃ」
『ふーん、あたしにも頂戴――あ、ほんとだ。少し草っぽい香りとかか逆に良い感じで…って、なに凝視してんの』
「…、なんでもねぇよぃ。あとはお前が食え」
『いや、だから丸井が食べるべきでしょうが。はい』
「もう味知ったから十分だろぃ」
『ひと口で何が十分だ。良いからもっと味わって。あ』
「どうした?」
『さっきの農家の人が、丸井が彼氏だって誤解しててさ。差し出されたサトウキビに集中してたから訂正するの忘れた、ごめん』
「……別に、わざわざ訂正しなくても良いだろぃ」
『声小さい、丸井。こんな賑やかなんだからもう少し大きな声で…はい、サンピン茶。貰って来――って、あれ。そういえば五人はどこ行った?おーい』
「で、なんの話?あそこで若干ヤケになってサトウキビ齧ってるブン太と、黄色いリボンのお姫様かい?」
「そーそー。いやぁ、二学期になって瑞紀がますます可愛くなってきちゃって。お兄ちゃんは大満足だよ」
「え、そこって普通はお母さんじゃないの?」
「ツッコむところはそこじゃなか」
「え、もしかして違う?ママって言ったほうが良かったかなぁ…」
「ツッコんだ俺がアホだったぜよ」
「神谷は、この上なく楽しそうだな。もし飛行機の窓が開くなら、身を乗り出してもおかしくない雰囲気だった」
「確かに彼女、普段とは少し違う感じがするけど…アレがブン太がいるからっていうのは、どういう意味だい?」
「わかってて聞いてるねぇ、黒天使よ」
「うん。でも、俺としてはまだそこまでの確証がなくってね」
「良いだろう、ならばコレと見せてあげようではないか。さぁ見るが良い!」
「うん?」
「え、ちょ、ウチにも見せてよー!なになに?
“丸井からOK貰った。幸村と柳も一緒だけど良いよな。場所の希望あるか?”
ああ、なんだぁ。このメールかぁ…って、あれ?三人ともどーしたの?」
「「「・・・・・」」」
『おーい、愛美に幸村達どこ行ったぁー?……いないし、マジでどこ行った。この雑踏じゃどっちが迷子なんだかわからん』
「おい神谷、お前もウロウロしてんな。はぐれるだろぃ」
『そもそも五人とはぐれたの、試食を食べ回って店をハシゴしてる丸井が原因だって自覚あるか?』
「わ、わるかったな!」
『まぁ、それについて回ってたこっちもたいがいか。でもたぶん、丸井なら直ぐ見つけられる気がする』
「なんでだよぃ」
『髪の色が綺麗だから。ていうかほんとに皆どこ行ったし』
「俺だって神谷なら直ぐ見つけてやるよ」
『ありがと。とりあえず今は五人を探さないとだな』
「いや、なんつぅかこう…なんとなく、図られてる気がするっつぅかよ」
『ん?ごめん、また聞こえなかった。なんか言ったか?』
「なんでもねぇ。ほら、こっち来い」
『え、なに』
「髪、乱れてっから直してやる」
『この雑踏だもんな。でもキリなくない?』
「俺がやりたいんだから良いんだよ。ほら、後ろ向け」
『んじゃお願い』
「…どうやら、俺達の認識を少々改めねばならないようだ。佐藤、ひとつ聞くが」
「なんだい?」
「察するに、こういうメールを神谷が送ったということは、だ。神谷は最初っからブン太を誘うつもりでいて、そしてOKを貰ったとそういう意味になるか」
「言うまでもなく?どうしたんだい、参謀ならわざわざ聞かずともわかるだろうに。そこの黒天使君と変態も」
「ああ、うん、そうなんだけどね。ただ、仁王は後から加わったから違うとして、俺と蓮二にはブン太からこういうメールが来たから」
「え、今度は幸村君の?えーっと…
“神谷からOK貰った。んで、場所とかどうするよ”
送信者は丸井君で…え?あれれ?」
「おーおー、やっぱりそういうことかい。うんうん、これはなかなか、思ったよりも…ふふふ」
「あれ?え、これって丸井君がみずっちのこと誘ったってこと?え、でもみずっちからも“OK貰った”って…あれ?え、でも…えーっとえーっと」
「藤田は少し落ち着くナリ」
「つまりは、こういうことか。ブン太と神谷は、お互いにお互いを最初っから誘うつもりでいて、どんな経緯があったかは知らんが、なりゆきでどちらかが先に話を切り出し、その後に俺達四人に連絡が入った…と」
「ブン太が神谷のこと好きで、まぁ彼女も一応は満更じゃないだろうってくらいは思ってたけど…本当に少し、認識が甘かったみたいだね」
「まぁただ、瑞紀にその手の意識があるかどうかは、まだちょぉっとビミョーなんだけどねー」
「ともかく、そこから先ほどの佐藤の発言に繋がるわけか。本人は隠しているつもりはない素が、ブン太の前では出てこられるという」
「というより、ブン太が引き出してるのかな?」
「ふむ、思い返せば、周囲の男子が密かに神谷のことをより一層意識し始めたのは、神谷がブン太とよく一緒にいるようになった時期と大体同じだった。なるほど、理解した」
「話が早いねぇお二人さん」
「わたしは全然話が見えないんだけど!?」
「ブンちゃんもやるのぅ」
「仁王くん教えてぇー!」
「プリッ」