恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□11話 秋T
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【瑞紀side】
あー、丸井特製のカレー美味しかったぁ。
ああ、いきなり何って?
とりあえず、今の心境として一番重要なことだけ先に言っておいただけ。
で、その心境はさておくとして、現状のあたしはとにかく校内を走り回ってる。
いや、実際は走るなんて出来ないほど大勢の人が行き交ってるんだけどな。
「瑞紀ちゃぁん!ちょっとこっち手伝ってぇー!!」
「神谷ぁ、こっち頼むわー!」
『はいよー』
紅葉が色づいてきた今日この頃。
立海大附属中学校は「大海原祭」という名の文化祭を迎えた。正確には、高等部と大等部との合同なわけだけど。つまりは、かなりの大規模。
だから当日は二日間に渡って開催されて、そしてその数倍以上の日数で皆して準備してきた。
その準備期間が若干修学旅行と重なるもんだから、少しバタバタしたけど無事当日。
で、今日は既に二日目だ。
昨日もそうだったけど、あたしがこうして走り回ってる理由はただ一つ。
あらゆる意味で、あたしが一番フリーだから。
クラスの出し物はもちろんある。今も指定の場所で模擬店やってるはず。でも、ローテーション制にした当番の中で、あたしはこの時間帯はフリー。
プラス、どこの部活動にも所属してない上に実行委員会とかでもない。たいていの生徒はクラスと部活動の方で掛け持ちだけど、自分は違う。
だから一番フリーな人間ってわけ。
それは去年も同じだった。それでこうやって、何でも屋みたく色々なところを手伝って回ってる。
まぁ、手伝って回ってるっていうより、去年からのことで皆も承知してて声をかけてくるから、行く先々で手当たり次第に手伝ってるって感じか。
もうとっくに午後。今年もたぶん、このまま後夜祭に突入するまでこんな感じで終わる。
客として文化祭を見て回らないのかって?
個人的には、こうやって手伝って色々なところ回ってるだけで十分、客以上に楽しめてる気がするから問題なし。
仮に客として見て回りたいとしても、な。愛美や小百合、他の子達も忙しくて、なかなかタイミング合わないし
それに―――
『んー…今日はまだまともに話せてないな、丸井と。しょうがないけど』
男子テニス部は、今年はカレーを売ってる。かなり大評判なんだけど、そのカレーを作ってるのが丸井だ。
夏休みの始めの一週間に、実は林間学校をやった。まぁそこで、定番の野外学習の一環としてカレー作りをしてた。
そこで、丸井が本領発揮というか、他の誰よりも美味しいカレーを作って大好評を勝ち取ったわけで。
で、そのカレーをこの大海原祭で出そうってことになったらしい。
そのカレーをさっき、あたしはタダで一食、食べて来た。
なんでタダなのかっていうのは、まぁちょっと色々あってな。
その丸井は昨日、ビッグイベントのひとつのコンテスト、その中のお菓子部門で優勝を果たしてる。
「RIKKAIスペシャル」って名前のケーキで見事一位。去年は準優勝だったみたい。
その丸井シェフとは、今日はまだまともに顔を合わせてない。
二日目は朝の打ち合わせとかなしで最初っからフル回転だから、他のクラスメイトも同じようなものだけど。
でも…なんでだろ。最近、丸井依存症になってるのか?あたしは。
その日にどれだけ丸井と接したかどうかで、夜、寝る時の気分が違う気がする。
変なの。
「神谷サンキュー!助かったわ」
『おー。じゃ頑張れ』
まだまだ大賑わいだな。
ひとつの手伝いを終えて、さて次はどこから声をかけられるか…と思って雑踏に紛れていると、「すみません」と直ぐに声がかかった。
ここの生徒の雰囲気じゃないって直ぐにわかる。
『はい、なにか』
「君、ここの生徒だよね。ここを見てみたいんだけど、案内頼んでも良いかな。ちょっとよくわからなくて」
『ああ、写真展。結構ここから近いですよ、こっちです。それにしても、その地図ってやっぱ改善した方が良さそうですね。あたしでもよくわからないかも』
「そんなことはないよ。ただ、僕がちょっと歩きなれないだけだから」
『いや、その歩き慣れない人の為の地図だし』
来客用のパンフレットに載ってる地図で「ここ」と説明された場所に向かう。
声をかけて来たのは…たぶん、他校生か。なんかそんな感じがする。根拠のない直感だけど。
とか思ってたら、相手の方から「僕は青学の生徒」だって言われた。
青学って言ったら、あれか。正式名称は青春学園っていう、東京の学校。
確かそこにもテニス部があったはず。今は一人だけど、他の友達も一緒なのかもしれない。
『どうぞ、ここです』
「ありがとう。ここは比較的静かで良いね」
『出来れば後の残り時間はここで過ごしたい感じで』
「ふふ、もてなす方は大変だものね。それはわかるよ」
『写真が好きなんですか』
「というより、僕自身が写真を撮るのが趣味だから…あれ?」
『どうかしました?』
「この絵、君が描いたの?」
…しまった。
いや、別にしまったじゃないんだけど。良いんだけど…忘れてた。
あれ、でもなんでこの人、あたしの名前知ってるんだ。
「午前中から来てたんだけどね。色んなところに駆り出されてる君が『神谷』とか『瑞紀ちゃん』とか呼ばれてるの、何度も見えてたから」
『ああ、そういう…』
この大賑わいの中で、よく周囲を観察していらっしゃることで。
部屋の壁に立て掛けられている何枚もの写真の中に、異色な絵が少し。
その絵の下にあるプレートの名前を見て、彼はくすりと笑ってそう言ってきた。
そう、ここにはあたしがスケッチブックに描いたスケッチとか風景画も飾ってある
なにがどうしてこうなったのか知らないけど、神谷の絵も飾ろうぜってとりあえずクラス部活動問わず言われて、おざなりに少し着色したものを。
絵、って自慢できるものじゃないんだけどな。
あれだ。ノリだノリ。祭り特有のノリ。その流れ。
だいたいは運動部の絵だ。
一人ないし数人だけを描いた質素なやつもあれば、周囲の風景も含めて全体を描いたようなやつもある。
いや、これさ。何度も言うようだけど、どういう原理でどうヒトが動くのかとか、そういうあくまであたし個人の興味本位の塊のスケッチだからな?
はっきり言って、展示するようなものじゃない。
「君自身は、なにかやってるの」
『いえ、部活動はなにも。ただ、個人的に舞踏みたいなものは』
「そう。それにしても、ずいぶんと選手の身体の動きとかよく捉えてるね。見てて面白いよ。目の付けどころというか」
『まぁつまらないよりマシか…でも、言うほどのものじゃないというかなんというか』
「着眼点に独創性があるのは、その舞踊っていうやつをやってるからかもしれないね。なにをやってるか聞いても良い?」
『バレエを。モダンじゃなくて、クラシックの方です。でも、もう「やってる」じゃなくて「やってた」になるのか』
「え?」
『脚を怪我して、ドクターストップかかったんです。だから、こうやって他の子達が思う存分動くことができてるのが嬉しいというか。
まぁ、それもあってそういう姿をスケッチしてる部分もあるかなみたいな』
「…変なこと聞くけど、羨ましいとか、妬ましいとかは思わないの?」
『その時期はとっくに過ぎました。まぁその期間も思ったより短かったな…昔、親友のお父さんにこんなことを言われたことがあって』
“己の不幸を嘆き他者を妬むより、他者の幸福を願い祝うことが、全てにおいて己の救済とならん”
『それの本当の意味はたぶんわかってないし、まぁ綺麗事って言ったらそれまでで。でも、その親友とそのお父さんのことは大好きで。
だから、その言葉を信じてみても良いかなとか思ったりして――』
「おねーちゃん!!」
「ん?」
彼と話をしていたら、廊下の方から元気いっぱいの声が聞こえた。
振り向いた拍子に、足元に小さな影が衝突してくる。
『ああ、遼太君』
「こらこら、遼太ったらなにしてるのよ。本当にいつもごめんなさいね、瑞紀ちゃん」
『こんにちは、紗奈恵さん』
「ねーねぇ…」
『翔太君も来たんだ。はいはい、だっこね。にーにぃには会えたか?』
「あそぼーよ!!りょうたね、あのね、あっちでね、さっきね」
「駄目よ、遼太。おねーちゃんはお仕事があるんだから」
『いえ、大丈夫です。基本的にフリーしてるんで。気ままにどっか手伝ったりしてるだけというか。えーっと…』
「ああ、僕のことは良いから。友達のご家族かな。案内、ありがとう」
『こちらこそ。また何か縁があれば』
丸井家の三人が偶然にも現れて、青学の彼とはそこで別れた。
右手で遼太君と手を繋ぎ、左腕で翔太君を抱え上げて、紗奈恵さんと一緒に校内を回る。
長男には、さっきもう会ったみたい。
あたしも会いたいな…
・・・・・ん?待てよ。
なんか今、ペラペラとあんまり気持ち良くない話をしちゃったような…
うわ、自分にとっては特にどうということでもないけど、あれって他人にしてみれば反応に困るパターンだろ。
なにやってんだ、自分は。
内心でさっきの彼に謝っておく。
無神経でごめんなさい。
「不二ぃ?あー、やっぱりこんなとこにいたー!」
「急にいなくなるから、どこに行ったのかと思ったぞ」
「ごめんごめん。でも、英二にずっとついてたら、こういうところに来れなかったじゃない?」
「まぁ、確かにな。写真展か、不二らしいな」
「ほにゃ?にゃんか、絵も飾ってある。わ、しかもこれってテニス部のじゃん」
「どれどれ…ああ、全国大会で優勝した時の一風景か。これを描いた子は、どういう子なんだろうな。悔しいが、こっちにもその喜びが伝わってくるような一枚だ」
「良いもんねー!来年はオレ達が絶対優勝してやるもんね!!」
「それを描いた子と、今さっきちょっと話をしてたんだけどね」
「そうなのか?そりゃ惜しいことをしたな」
「“また何か縁があれば”会えるよ。きっとね」