恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□19話 冬W
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【in屋上庭園・温室】
ここ数日、ブンちゃんと神谷が、ちとぎくしゃくしとる。
まぁ、それに気付いとるんは、近くにいるわしらだけじゃと思うがの。
「ブンちゃん、最近は香水でもつけるようになったぜよ?」
「は?香水って…どっかの女子でもねぇのに、んなわけねぇだろぃ」
「じゃが、なにやら匂いがするのぅ」
「匂い……ああ、もしかしてコレじゃね?」
仁王君も気付いておりましたか。
こんにちは、柳生比呂士と申します。
現在の時刻は12時23分といったところでしょうか。
今日は、仁王君と丸井君、そして桑原君と共にこの屋上庭園で昼食です。さすがに寒いですから、温室の中ですが。
以前は、ここに幸村君もいたのですがね。
話を戻しましょうか。
丸井君が内ポケットから取り出したのは
…なにかのお守りでしょうか。和柄の小さな小さな巾着袋です。
「なんだ、ブン太。それは」
「匂い袋だとよ」
「なるほど、やはり一種のお守りですね。伽羅でしょうか、白檀でしょうか…初詣の神社で買い求めでもしたのですか?」
「いや、貰いモン」
「神谷かの?」
「…お前はなんでもかんでもアイツと結びつけんの止めろぃ。まぁそうだけど」
仁王のヤツを半分以上は諦め気味に軽く睨んだブン太は、その匂い袋を大切そうにまた内ポケットにしまった。
神谷、か……クリスマスプレゼントか?
俺達は密かに、クリスマス前後に二人の関係に変化が出るかと思ってたんだが
…相変わらずで三学期が始まって、ここに来て妙な変化が出てきやがった。
「で、ついでに聞くが、その神谷と喧嘩でもしたんか?雰囲気がビミョーじゃ」
「喧嘩なんかしてねーよぃ」
「ですが、なにかしらあったのではないですか?私も少し気になっておりました。無理に理由などは聞きませんが」
確かに、どこが、って明確には言えん。
が、放課後に会うだけになっとる幸村もそれとなく「二人ともどうしたんだい」って密かに聞いてくるほどじゃ。
聞いておきながらわしも喧嘩とは思っとらんが、そうじゃのぅ…
あれほど無自覚バカップルムードが漂ってたのに、ちとそれが淀んでる感じかの。
本当に些細な変化じゃが。
ブンちゃんは黙って弁当を食べ続けとる。
じゃから、わしも柳生もジャッカルも、この話は終わりだと思っとった。
「―――アイツとの…」
「うん?」
「神谷との、距離の取り方が、ビミョーにわかんなくなった」
「と、言いますと?」
「今までは、感覚的に今はまだここまでっていうのがなんとなく自分の中でハッキリしてて、それでアイツと付き合ってきたけど
…それがわかんなくなったっつーか、そもそもそういう線引きみてぇなモンをしたくなくなったっつーか…」
「そう思うようになったきっかけはなんじゃ?」
お昼休みは、あと十数分。
丸井君自身、まだご自分の中で気持ちの整理がついていない、という感じですね。
線引き…なるほど、ヒトというのは、友達付き合いであれなんであれ、そういうものを無意識にいたしますからね。
つまり、心境の変化、といったところでしょうか。
そして、数日前にあったことを聞かされた我々は
少しばかり…いえ、それなりに、唖然としてしまいました。
「…それはまた、随分と強引なことをいたしましたね」
「それで嫌われようがああするしか思いつかなかったんだよ。遠慮なんかしてたらアイツの心ん中に踏み込めねーって思ったから」
「なるほどのぅ…それで、ブンちゃんは一体誰に怒って誰にムカついとるぜよ?」
「俺」
ブン太とは小学校の頃からの付き合いだ。
男女関わらず人気なコイツだったが…こういう表情は、初めて見るな。
基本的に、ブン太は自由人気質だ。陽気で気まま、束縛されるのを嫌う。
だから、誰か一人のことに関してここまで考え込む姿は、想像できなかったのが正直な感想だ。
理由はわからねぇが、数日前、神谷はあの家に一人籠って泣いていたらしい。
それでブン太は、なんかムカっ腹がたった勢いのまま、窓をムリヤリ蹴破って神谷を連れ出した。
…なんてヤツだ。
「なんじゃ、もう答えは出とるんじゃなか」
「どういう意味だよ」
「まんまじゃ。もう妙な線引きをしたくないんじゃろ?そういうことぜよ」
たぶん、もう色々と限界というか潮時なんじゃろ。
この半年以上、なぁなぁで来てた部分がの。それが、数日前の出来事でハッキリしたわけじゃ。
で、そうやってやってきた自分自身にブンちゃんは腹が立ってるんじゃな。
まぁ、なんとなく気付いとっても、こればっかりは本人の気持ちのタイミングの問題じゃ。何が悪いというわけでもなか。
ブンちゃんはブンちゃんで、なにかしら考えて慎重に神谷との関係を大切にしとった。
それは、わしら全員がわかっとるし見てきたぜよ。
神谷の事情は複雑で、それに今は、こっちもこっちで幸村のことがある。
「それで、丸井君は彼女と今後、どうしたいのかご自分でわかっているのですか?」
まぁ、こんなことは聞くまでもないのですが。
いつお二人の関係性が動くかと思っておりましたが
…この変化が、どのような方向に傾くのか、是非とも見届けたいものですね。
「一応言っておくが、幸村のことがあるからって変な遠慮する必要はねぇと思うぞ。むしろそんなことした暁には、あの笑顔に殺されかねないしな」
ブン太のこういう姿は想像できなかったが…悪いとは全く感じない。
今まで、特にこの立海じゃどこか冷めた部分があったからな。
去年、球技大会でブン太が名指しで一人の女子を応援していた時はビックリしたもんだが
あの時は、まさかこういうことになるなんて、思ってなかったぜ。
とりあえず、表面上はいつもの顔と雰囲気に戻って、ブン太は先に温室を出て行った。
「―――と、我々も深刻そうにしてみましたが」
「言っちゃ悪いが、俺らはそこまで心配してねぇっていうか、な」
「要するに、どっちかが告白すれば全部丸く収まるっていう前々からの結論は変わらないぜよ」
「まぁ、周りの人間はこうでも、当人達としてはそんな単純な問題ではないのが世の常ですし」
「とりあえず、近いうちにようやく、って期待して良いのか?」
「プリッ」