恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□20話 晩冬T
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【丸井side】
「ブン太、つかぬことを聞くが」
「なんだよぃ」
「今日の神谷の髪は、やはりブン太がやったのか?」
「あぁ…まぁ、そうだけど。それがどうかしたのか」
朝練のちょっとした合間。
柳が、いつもの澄ました顔でそんなことを聞いてきた。
質問っていうより、確信ありきの確認って感じだけどな。
俺らの朝練は基本、7時から。だから、遅くても5時半には起きて家を出る。
昨晩は、あんま眠れなかった。
かといって、今、寝不足で睡魔が襲ってるわけでもねぇ。
むしろ逆だ。一種の緊張感がずっと続いてて、仮に布団に潜っても寝れる気がしない。
今も赤也が犬みてぇにブンブン手ぇ振ってるのは、屋上庭園にいるアイツだ。
一緒に登校してんのかって?答えはNO。
「赤也!なによそ見をしとるんだ、この馬鹿モンが!!」
「っい゛!!な、なにも叩かなくったって良いじゃないっすか副部長…!」
「たわけが!」
起床時間は同じ。
その後、俺は30分後くらいには家を出る。
中学生になって、早寝早起きのチビ二人が玄関で見送ってくれんのが恒例になったけど、そこに今ではアイツの「またあとで」がプラス。
そんでアイツは、忙しい親と長男の代わりにチビ二人の世話をしてから学校に来る。
そんでも、他の生徒よりか早いけどな。
で、幸村君のことがあってからは、ああやって花壇の手入れをしながら俺達の練習風景を眺めてんだ。
それが、俺達にとって“安心”になってる。
「また切原君ですか…もはや飼い主に懐く犬というより、シスコンに見えてきましたよ」
「しょうがないじゃろ。神谷は赤也の精神安定剤じゃ」
「お前ら、身も蓋もない言い方すんなよ…」
「見慣れたよなぁ、あの光景も」
「あのって?」
「アレだよ、切原が神谷にいちいち手を振って真田に叱られるってアレ」
「ああ、アレな…」
「ほんと、毎度毎度よく同じこと繰り返せるな、真田も切原も」
「でもさぁ、なんかアレ見るとホっとするよなぁ」
「そうだな。幸村が倒れてどうなるかと思ったし」
「そういえばさ、なんで神谷って最近、テニス部の近くにいんだ?正確にはレギュラーのアイツらだけどよ」
「知らねぇのかよ。ほれ、流石に幸村が倒れた最初はなんとなく荒れてたアイツらだけどさ、それなんとかしたのって多分神谷だぜ?」
「え、そうなのか?」
「どこ情報だよ」
「雰囲気だよ雰囲気」
「んなアバウトな…」
「あぁー、でもなんとなく納得だわ。神谷ってさ、なんつーか腹据わってるし、なんかあっても何でも受け止めてくれるって気がするから相談しやすいしよ」
「なんだよ、お前。なんか相談したことあんのかよ」
「ちょっと前にな。や、相談っつーか、流れで話聞いてもらうことになったっつーかよ」
「へぇ」
「切るトコ容赦なくバッサリ切るからグサっとくるんだけどよ、でも下手に口先で誤魔化さねぇし、大丈夫なんとかなるって常套句で終わりにしないから、俺には合ってるな」
「このおよそ一年間で、神谷に対する周囲の評価がウナギ登りだな」
「それが髪の話となんか関係あんのかよぃ」
「大アリだぞ。ブン太、今日に限って神谷の髪をああいう風にしたのは、失敗だ」
「は?」
―――柳のその言葉を理解すんのは、朝練が終わってからそう時間はかからなかった。